最後の夏の始まり
「おい、早くしろよ!」
「ぐだぐだ言ってんなら見張り。ちゃんとしてろ」
キーを叩く音がかすかに響く。一分後、モスキート音ぎりぎりの電子音が三秒鳴った。パソコンの画面に解除の文字が現れる。細い息をはいて、鍵がパソコンを片付ける。
「……運んでくれ」
「おい、鍵。お前また力仕事だけ俺にさせるって……すまん、大丈夫か?休んどけ」
鋼鉄の扉に寄りかかった鍵。火照る身体をそれで冷やす。ずるずると床にへたり込んだ。
「鍵?薬は」
「別に、いらない」
「どこだって。言ってくれよ」
「ない。何でも、ないし」
頭を振る鍵。がたいのいい男は鍵の額に手を当てた。結構――いや、相当熱い。
「何がなんでもない、だよ。あと少しだからもうちっと辛抱してくれ」
数分後、男は戻ってきた。力が入っていない鍵を軽々とその背に負い、部屋から出る。
「鍵、最後の仕事。あれを頼む」
鍵はどこからか小さく薄い箱のようなものを取り出した。
「今回……いつものじゃないからな。気をつけねえと、C4だぜ」
C4。プラスチック爆弾の一種で、破壊能力が著しく高い爆弾である。通常、小型爆弾として使用するものではない、が。
「トラックに乗り込んだら爆発させるから。逃げろ」
「はい、了解」
二人が配送用に見せかけたトラックに乗り込んだとき、まだ警備は眠ったままのようだった(改良した催眠スプレーのおかげだろう)。男が座席に鍵を座らせるが、鍵はもう自分の身体を支えられないらしく、倒れこむ。
「しっかりしろって、鍵!」
「大丈夫、だって」
小さい、ただ2つだけのボタンがついたスイッチを押す。
ピッ
轟くような爆発音。警備が気づいた。まだ麻酔の抜けないままふらふらと、スプリンクラーでずぶ濡れになりながら警備員がそこにたどり着いたとき。ぐにゃり、異様に曲がった扉があった。部屋の中には、置いてあったはずの大量のそれが。
ない。
そのころトラックの中では、男が運転しながら鍵に必死で話しかけていた。
「鍵、しっかりしてろよ。帰るまでちゃんと起きてろ。おい、鍵?」
玉のように浮かんだ汗が流れ落ちる。荒く熱い吐息が吐き出される。意識が、泥の中に沈んでいく。
「……る、せ、――」
視界がブラックアウトしていく。視野が狭くなる。落ちる、落ちる――
「おい!」