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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
9/27

1-9. カントリーハウス5

 ドアのノックが聞こえる。

 コリンの先輩でもあるヘイウッド邸の客人は、「どうぞ」

 と返事をした。


「失礼致します」


 姿を現したのは、初老の男性だった。

 背筋に定規が入っているのかと思えるほどに姿勢正しく、それでいて物腰柔らかな雰囲気がある。

 通称はミスタ。

 ヘイウッド家のバトラーであり、男性使用人の総責任者だ。


 領主であるフローマス伯爵の右腕と評されており、公私共に主人を支えている。

 伯爵不在の今、儀礼的な代役でしかないシェリー嬢に対して、ミスタこそが実務上の代理人だった。


「ミスタ殿、君が来るとは珍しいね。コリンに申し付けてくれたら良かったのに」


「ウィル様よりお手紙です。こればかりは、コリン様のお手を煩わせる訳には参りませんから」


 ウィリアム・ヘイウッド。

 フローマス伯爵の後継者であり、シェリー嬢の実兄でもある。

 帝国軍人の彼は、現在は大陸に出征中。

 客人とは既知の仲だ。


 恭しく差し出された銀の盆には、確かに手紙が乗っている。

 差出人を確認すると、見覚えのある筆跡でウィルの署名があった。

 ペーパーナイフで封印を解く。

 要件のみを簡潔に書かれた内容は、いかにも彼の文章らしかった。

 随分と久しぶりだというのに、愛想の欠片もない。


「ふん、相変わらず不器用な男だね。レディへの手紙には、もう少し色気を添えるものだよ」


 客人は手紙をテーブルに放ると、ソファに身を沈めて指を組んだ。

 そして傍らに立つ、ミスタを見上げた。


「ミスタ殿、忙しいところ悪いんだけどね、ひとつこのボクと雑談に付き合ってもらえないかな? まあ、そこに掛けたまえ」


 ソファを勧めたが、ミスタは固辞する。

 フローマス伯爵自身に比肩するほどの権力保持者。

 にも関わらず、あくまで使用人としての姿勢は崩さない。

 それが彼の信条なのだろう。


「ミスタ殿とこうして、差しで話す機会などなかったからね。一度、聞いておきたいことがあったんだ」


「私にお答え出来る範囲でしたら、何なりと」


 慇懃に一礼するミスタからは感情が読めない。

 食えない男だ。

 客人にとって無条件の味方ではない。

 ただ、今のところは敵でもなかった。


 客人に協力的なのは、ヘイウッド家の利益に叶うと見込まれているから。

 そこを見誤ると、手の平を返されてしまう危険性がある。

 まずは本題に入る前の地均しに、無難な世間話で様子を見ることにした。


「君には、コリンのことで世話になってるね。どうだい? そちらに迷惑は掛けていないかい? 無理に押し付けてしまったから、実は気になっていたんだ」


「迷惑など、とんでもございまん。コリン様の働きぶりには助けられております」


「ミスタ殿。ボクはね、率直な感想を聞きたいんだ」


 毒にも薬にもならない回答をするミスタに、客人は少しだけ目付きを細めてみた。

 ミスタがコリンの受け入れを快く思っていないことなど、百も承知。

 その上での質問だった。


 ところが客人の仕掛けたプレッシャーも、ミスタは頬をわずかに緩めることでやり過ごす。

 腹の探り合いなど不要ですと、その表情が物語っていた。


「コリン様の適応性の高さには、本当に感服しております。身分の卑しい使用人達とあれほど打ち解けるなど、なかなか出来ることではないでしょう」


 流れるように答えるミスタ。

 発音は明瞭で、とても聞き取りやすい。


「将来はきっと、庶民の気持ちが分かる心優しき領主になられるはずです。本屋敷における日々が、コリン様の糧となれば幸いでございます」


「はは、本当に? ミスタ殿にはあれが、理想の領主像にでも見えたのかい?」


 皮肉気に客人が笑う。

 ここでミスタは、緩やかに首を振った。

 否定のジェスチャーだ。


「優しいだけで領主は務まらないでしょう。時には愛すべき民を切り捨てる強さも必要です。違いますか?」


「ほう、興味深い見方だ。続けたまえ」


 客人が先を促す。

 ミスタは僭越ながらと前置きした上で、私見を披露した。


「身分には、身分に応じた役割があります。あまり労働者階級に感情移入しすぎては、コリン様の輝かしい未来に傷が付くでしょう。一線は引いておくべきかと、苦言を申し上げたく思います」


「それが君の本心かい? それとも帝国貴族の一般的な考え方に、迎合しているだけかな?」


「さて、どうでしょうか。私共に会話を求められる貴人の方々には、既にご自分で答えをお持ちの方も多くいらっしゃいますので」


 にやり、とミスタが口元に笑みを浮かべる。

 ほんの少しだけ、彼の本質を垣間見た気がした。

 客人が肩を竦めて応じる。


「君は誤解しているようだけどね、コリンに庶民感覚を学ばせようとした大義名分は、別に嘘でもないよ。もちろん目的は、それだけでもないけどね」


 ミスタは真摯な態度で客人の言い分に耳を傾ける。

 聞き上手であるということは、話し上手なこと以上に重要だ。

 どこまでも優秀な使用人だった。


「とにかく迷惑でないと聞いて、ボクはとても安心したよ。そう簡単に、コリンが階下の生活に馴染めるとは思っていなかったからね。でもそれは、コリン本人だけの資質だろうか?」


 本題に切り込む。

 ここから先が、ミスタを引き留めた本当の目的だ。


「違うね。シャルロちゃんがいたからこそ、コリンは他のメイド達とも仲良くなれた。ボクはそう思っている。この認識は見当違いかな?」


「それも一つの要素ではあるかと存じます」


「シャルロちゃんは、いいよねえ。すっごく可愛いし、でもそれだけじゃない。柔らかな仕草や表情が、するりと心の隙間に入り込んでくる。あの魅力は危険だよ」


 テーブルに放ったウィルからの手紙を取り、客人は改めて中身を吟味する。

 そしてにやにやと笑みを浮かべながら、ミスタを見上げた。


「シャルロちゃん、あのコは何者だい?」


 涼やかに澄ましたミスタの横顔。

 その表情の変化を、一片も見落とすまいと注視する。


 客人の階級は上級二等官。

 所属は帝国軍務省、作戦局の特務本部四課。

 堅苦しい正式名称よりも、世間的には俗称の方が通じやすいだろう。

 人は彼女達を、魔女狩り特務四課と呼ぶ。

 ヴィクトリア朝っぽいファンタジー世界を舞台に、ボクの好きな要素をごちゃまぜに盛り込みました。元は「メイドくん制作中」というFLASHノベルゲームで、Webサイトから遊べます。コミケや他投降サイトでも公開しています。


 感想、ご指摘、心よりお待ちしています! どんなリアクションでも頂戴できれば、ボクは涙して喜びます。

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