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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
7/27

1-7. カントリーハウス3

 帝国貴族の一般的なスケジュールでは、ランチからディナーまで間が空いている。

 そのため夕方に小腹を満たすため、アフタヌーンティという風習が生まれた。


「ふぅ、疲れたな」


 本当に疲れた様子で、シェリー嬢が朝食室に姿を現す。

 ランチの時にはあれほど輝いていたのに、今は精彩を欠いている。

 午後になってから、シェリー嬢は立て続けに三件のアポイントに対応していた。


「どうせ私など、建前だけの当主代行だ。こんな茶番、止めてしまえばいいのに」


 実際にはシェリー嬢が愚痴るほど、その役割は軽くない。

 領主代行に拝謁を賜ることは、フローマス経済界で地歩を固めるための第一歩だ。

 シェリー嬢との謁見可否によりビジネスパートナーを選別することで、フローマス伯爵は財界を牛耳ることが出来た。


 シェリー嬢がすっかり消耗しているのも無理はない。

 ランチピクニックから戻った後は、嵐のような慌ただしさだった。

 シェリー嬢をお風呂に入れ、着替えをして、身だしなみも整える。

 休む間など全くなかった。

 一件目の訪問客は、しっとりと湿ったシェリー嬢の金髪に首を捻ったに違いない。


「いやでも、見事な対応だったよ。相手も感銘を受けたんじゃないかな」


 接客係として立ち会っていたコリンが、労うように声を掛ける。

 公式な場でのシェリー嬢は、シャルロにセクハラしている時とは別人だ。


 完璧な礼儀作法と、冷ややかな眼差し。

 一片の失言も許されない立場は、この少女にどれだけの重荷になっているのだろうか。


 かつては使用人の前でも、決して気張った態度を崩さなかったそうだ。

 変わったのは、シャルロがヘイウッド邸に来てから。

 今では客人の目がないところでは、適度にリラックスするようになっていた。


 すっかり気疲れした様子で椅子に座ったシェリー嬢は、部屋を見渡して小首を傾げた。


「シャルロはどうした?」


「ああ、ミスタの言いつけでね。メッセージの配達で外出しちゃったよ。北街区だから、すぐに帰ってくるとは思うけど」


「ぬうう、シャルロといちゃいちゃして、癒されようと思ったのに~っ」


 唸りながら足をじたばたさせるシェリー嬢。

 客前でツンと澄ましている姿よりも、こちらの方が子供らしくて不自然さがない。

 コリンは苦笑して、シェリー嬢のために紅茶を注いでやった。


「そうだ、コリン殿。ひとつ相談がある」


「俺に?」


 スコーンにジャムを塗っていたシェリー嬢が、思い付いたように顔を上げる。

 コリンと二人きりの時に話し掛けてくるなど珍しい。


「シャルロのことなのだが」


「だよねー!」


 そんなことだろうと思った。

 シェリー嬢にとってコリンなど、シャルロのおまけ程度にしか認識していないはずだ。

 本当にシェリー嬢は、シャルロのことが好きなのだろう。


 後ろに立たれたままでは話しにくいということで、勧められるままコリンも席に着く。

 ついでに自分のカップも用意して紅茶を淹れる。

 この辺りコリンは、本職の使用人でないだけあって遠慮はしない。


 コリンが一口飲むのを待って、シェリー嬢は真剣な表情で話を持ち掛けてきた。


「ピクニックの時に思ったのだが、シャルロは本当に男の子なのか? 実は女の子だったりしないか?」


「今更ッ? シェリー嬢の方が俺より付き合い長いよね?」


「一緒にいる時間は、コリン殿の方が長いだろう。ルームメイトだからな」


 確かにシェリー嬢の立場では、四六時中シャルロにくっついていられない。

 使用人達の中でも、シャルロと一緒にいることが多いのはコリンだ。

 そのコリンですらシャルロが少年だという事実は、つい忘れそうになってしまう。


 それでも生物学的に区別するなら、シャルロは男の子だった。

 同じ風呂に入ったこともあるコリンが断言するのだから間違いない。


「シャルロちゃんが女の子でないことは、俺が保証するよ。でも急にどうして?」


「だっておかしいだろうっ? ここまで私がアプローチしているのに、全くなびく様子がない! いくら何でも淡泊すぎだ!」


「あー、それは確かにねー」


「シャルロは病気ではないのか? 健全な男子としてどうなのだ!」


 病気なのはシェリー嬢だよ。


 そんな答えが頭を過ぎったが、大人げないので飲み込んでおく。


「原因に何か心当たりはないか? 例えばほら、シャルロはポニーテイルにしか興味ないとか。巨乳好きだとか。私はシャルロのためなら毎日牛乳を飲むぞ!」


「うん。シェリー嬢の年齢なら、胸のサイズは気にしなくていいからね」


「ひいっ、そんな目で私の胸を見るな!」


 胸元を隠して、がたがたと震えるシェリー嬢。

 フォローしてあげたつもりなのに、この反応は納得いかない。

 コリンは嘆息すると、言い聞かせるようにゆっくりと話した。


「あのさ、シャルロちゃんってまだ十歳かそこらでしょ? まだ思春期には早いから。放っておいても時間が経てば、異性に興味持つようになるよ」


 見たところシャルロは、二次性徴を迎えていない。

 つまり女の子のことで頭がいっぱいになるのは、もう少し先ということだ。

 それまでは色仕掛けに動じるはずもない。


 しかし、時の流れが解決するという回答にシェリー嬢は納得しなかった。


「そんなに待てないぞ! 私には時間がないのだ! コリン殿も貴族の端くれなら、分かっているはずだろう!」


「ごめん、それはそうだったね」


 シェリー嬢が一般市民の少女だったなら、ゆっくり待てば良かっただろう。

 しかし、シェリー嬢は伯爵家の末娘だ。

 ほぼ間違いなく、好きな人との結婚は許されない。


 貴族の結婚は個人の恋愛感情ではなく、家同士の政略によって行われるものだ。

 社交界デビューする前に、縁談を組まれることだって珍しくない。

 シェリー嬢の焦る気持ちは分からなくもなかった。


「むう、どうしたらシャルロとえっちできるのだ」


「ごふっ」


 コリンが盛大に紅茶を吹き出した。

 後の掃除が大変なことになりそうだが、今はそんなことを気にしている余裕などない。


「なに言ってんの、この残念美少女ッ!」


 十歳そこらの少女から、こんな台詞を聞くとは思わなかった。

 衝撃的すぎて目眩がする。

 ところが当のシェリー嬢に真剣そのものだったらしく、コリンのリアクションを不思議そうに眺めてきた。


「だってそうだろう? シャルロの子を孕んでしまえば、父上も認めざるを得ないはずだ」


「計算高いな! もう少し子供らしく恋してよ!」


「うむ。打算抜きでも、シャルロとはえっちしたいぞ!」


「恋じゃねえええええ! 誰だよ、この子に余計な知識を与えたのは!」


 ちなみに男性貴族がメイドに手を出した場合では、妊娠したところで認知もされずに解雇される。

 逆に、婚前の令嬢が平民の子を宿した場合にはどうなるか。

 幸いにもシェリー嬢は末娘だ。

 それなら勘当されるだけで済む可能性にも希望が持てた。


 もちろん良識ある大人として、そんな危ない橋を渡ろうとする少女は見過ごせない。


「言っておくけどね、シェリー嬢は多分まだ子供を産めないよ?」


「そ、そうなのか?」


「だから思春期には早いって。あと三、四年は待つべきだね」


「でも、頑張れば何とかなるだろう?」


「ならない」


 コリンの説明に、シェリー嬢が青ざめた。

 耳年増なのか、純真なのか良く分からない。


 やはりここはコリンが、シェリー嬢を正しく導いてあげるべきだろう。

 立場からしてシャルロには無理だろうし、メイド長は大喜びで暴走を煽りかねない。

 ヘイウッド家の政略には口出し出来ないが、小さな恋の応援ぐらいならコリンにも出来そうだった。


「シェリー嬢の気持ちは良く分かったよ。仕方ない。ここは俺が、人生の先輩として恋愛の極意を教えてあげよう」


「む? モテそうにないコリン殿のアドバイスなど、全く期待していないぞ? まあ、言うだけ言ってみるといい」


 相談されているはずなのに、ひどい言い種だった。

 しかし、器の大きなコリンはそんなことで気を悪くしない。

 得意気な顔をして、取って置きの格言を教えてあげる。


「押してダメなら、引いてみな」


 コリンの実体験に基づいた、シェリー嬢にとっても的確なアドバイスのはずだ。


 士官学校時代、コリンも人並みに恋愛したことがある。

 相手は身分制度の垣根を乗り越えた、奨学生の才女だった。

 手紙を出した。

 告白もした。

 彼女と少しでも同じ時間を過ごそうと努力した。


「気持ち悪いんですけど。本気で止めてもらえません?」


 そう吐き捨てられ、コリンの繊細な心は粉々に砕け散った。

 ゴミを見るような目は一生忘れられそうにない。

 積極的なのは決して悪くなかったはずだが、一方的に押すだけでは相手に引かれてしまう。


「そうか、寂しい青春時代だったのだな。可哀想に」


「子供に同情されても嬉しくないよ! それより君は、自制を学ぶべきだ」


 とにかく実体験の重みが説得力として活きたようだ。

 シェリー嬢が思案顔になって唸る。


「コリン殿、一応は礼を行っておくぞ。試してみる価値はありそうだ。さて、それではそろそろ戻るとしよう。訪問客をあまり待たせても悪い」


 ティーカップを置いたシェリー嬢の顔が、貴族令嬢のそれになる。

 感情を封じ込め、礼儀作法で身を固める少女。

 何度見てもこの豹変ぶりには目を疑う。


「応援するよ。心からね」


 シェリー嬢の消えた扉を見つめながら、コリンは小さく声援を送った。

 寂しげな笑みが浮かんだのは、自分自身を振り返ってしまったせいだ。

 学生時代に、片想いの相手から言われたセリフを思い出す。


「それにどうせ、恋のために家を捨てる覚悟もないのでしょう? 恋愛ごっこをしたいなら余所でお願いします」


 図星すぎて痛かった。

 流されるままに生きてきたコリンには、シェリー嬢のような真っ直ぐさはない。

 正直、少しだけ羨ましかった。

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