1-6. ガーデンパラソル3
「むふー、どうしたシャルロ! わたしをぎゃふんと言わせるのではなかったのか?」
瞳を爛々と輝かせながら、頬を紅潮させるシェリー嬢。
彼女のストレス発散という意味では、今回のピクニックは成功だろう。
しかし、セクハラ抑止という当初の目的から見てみると大失敗だった。
シャルロは既に、ドロワーズにシャツを羽織っているだけという格好だ。
素足が眩しすぎる。
その姿を見ることが出来ないコリンは、歯ぎしりして悔しがった。
「くふふ。そろそろシャツも脱がせて、おへそを見せてもらうとしようか!」
「んー、そろそろコツを掴めてきたのデスよ」
あと少しでドロワーズ一枚。
そこまで追い込まれたはずのシャルロから、動揺の色が消える。
雰囲気の変わった対戦相手に気付くことなく、シェリー嬢はサーブを放った。
ラケットを打ち下ろした瞬間に、キャミソールの裾がひらりと舞い上がる。
対するシャルロは、シェリー嬢の足下だけに意識を集中させていた。
ラケットが球を打つ音と、打った時の姿勢。
人間離れした判断力で、シャルロがボールを打ち返す。
キャミソール姿になられてから初めての反撃だった。
油断していたシェリー嬢は、あっさりとサーブ権を奪い返される。
「くッ! さすがシャルロだな!」
悔しそうにするシェリーお嬢様。
しかしすぐに気を取り直すと、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「まあ、良い。そうでなくては楽しくない」
シャルロの反応を楽しむように、ゆっくりとキャミソールをたくし上げる。
太ももから、フリルのパンティ、おへそ、胸元までが露わになっていく。
ブラジャーは元から着けていない。
キャミソールを芝生に脱ぎ捨てて首を振ると、乱れた金髪がさらりと流れた。
「さあ! 試合を続けるぞ!」
堂々と平らな胸を反らし、シェリー嬢がラケットを突き付ける。
ちらりと見てしまったのだろうか。
地面に視線を落とすシャルロは、茹でたロブスターみたいに耳まで真っ赤になっていた。
「くふふ、どうした! もっと見て良いのだぞ!」
「お嬢様の半裸きたーーーーッッ」
コリンの隣で、メイド長がぶっ倒れた。
顔面から突っ伏したシートに、鼻血がどくどくと広がっていく。
メイド長を殺すのに刃物はいらない。
幼女の裸を見せれば良い。
次はシャルロの攻撃だ。
サーブで決めてしまえば、目を閉じていても問題ない。
今度は失敗することもなく、横跳びしたシェリー嬢のラケットが虚しく空を切る。
「はい! これでお遊びは終わりなのデスよ! シェリー嬢様はさっさと服を着るのデス!」
「ふふ、甘いな」
芝生から起き上がり、不適に笑うシェリー嬢。
「下着姿で負けたら終わりと、誰が決めた? 私はまだ、一枚残している!」
シェリー嬢がパンティに手を掛ける。
さすがにヘイウッド家のご令嬢が、青空の下で真っ裸は不味いと思ったのだろう。
慌ててメイド長が抑えに入った。
「止めるな! 私はまだ戦える!」
「まあまあ、お嬢様。もう十分に楽しめたでしょうから、ここらで満足しておきましょう」
止めるのが遅いよ!とツッコミを入れたい気持ちを、ぐっと堪える。
コリンも命は惜しかった。
メイド長が懐中時計を取り出して、時刻を確認する。
「そろそろ片付けの時間ね。最後まで試合するなら急いでよ?」
「任せて、姉ちゃん」
シェリー嬢に替わり、コートに立つのは一回戦の勝者である妹メイドだ。
不敵な笑みを浮かべている。
「あたしはシェリーちゃんみたいに甘くないわよ?」
「これは強敵なのデスよッ」
シェリー嬢や猫好きメイドと違って、妹メイドはかなり運動神経が良い。
目を閉じたまま勝てる相手ではなかった。
「あ、シャルロちゃん。少し待ってね」
妹メイドがタイムを掛ける。
そして試合前にも関わらず、いきなりメイド服をたくし上げた。
「秘策! 背水の陣!」
全裸だ。
ドロワーズすら脱ぎ捨てた、一糸まとわぬ真っ裸だった。
健康的な裸体が、お日様の下に輝いている。
あまりの脱ぎっぷりに、シャルロが制止する間もなかった。
メイド長も実妹の裸には興味がないらしく、スルーしている。
「どーよ! 最初から動揺を誘うこの作戦は! あたしの勝ちが見えたわね!」
「はあ、とにかく始めるデスよ?」
先制のシャルロがボールを頭上に放る。
強烈な打ち下ろし。
流石の反射神経で妹メイドがラケットを当てる。
しかし、ボールが浮いてしまった。
冷静にシャルロがスマッシュを決めて、ゲームセットだ。
「はい、わたしの勝ちなのデス。もうそれ以上は脱げないから、試合終了デスよね?」
「ちょっと待ったーーーーッ!」
背水の陣どころか、濁流に身を投げた格好の妹メイドが声を上げた。
「何であたしの時は、目を閉じてないのッ? 普通に試合してるじゃん!」
「んー? 元気だなあとは思うデスけど、気恥ずかしくはないのデスよ?」
「あたしの色気が全否定されたっ!」
シャルロの眼差しは、やんちゃな孫を見つめる祖父母のそれだ。
策に溺れた妹メイドが、がっくりと膝を付いた。
「さあ、片付けするのデスよ」
「まだよ! まだ終わらないわ! あと一試合ぐらいは出来るって!」
「え~、わたしの優勝でお終いなのデスよ?」
「これは予選なの! 本戦はまだ始まってすらいないの!」
三回先取で勝負が付いた後に、五回先取制だと言い出すほどに往生際が悪い。
妹メイドがシャルロの対戦相手として指名したのは、観戦していた大人組の二人だった。
「さあ、姉ちゃんの出番よ! 姉ちゃんならシャルロちゃんにも勝てる!」
「嫌よ。シャルロちゃんに嫌われたくないもの」
「裏切り者だーーーーッ」
あっさりと断るメイド長。
それはそうだろう。
子供の遊びに大人が本気になるのは、どう考えてもみっともない。
「それならコリン兄ちゃん、お願い!」
「あは。コリンお兄ちゃんは、そんな大人げない真似しないのデスよ」
「よっしゃ、俺に任せろーーーーッ」
コリンは立ち上がると、気合いを入れて準備運動を始めた。
生殺し状況が続いたせいで、フラストレーションも溜まりまくりだ。
こんな美味しいシチュエーションを、逃す手はなかった。
「何でそんなにやる気なのデスかっ?」
驚愕するシャルロに、コリンは親指を立ててみせる。
「ふ。シャルロちゃんを脱がすためなら、俺はいつだって本気になれるのさ!」
「わたしの下着姿ぐらい、着替える時とかにいつも見ているデスよねっ?」
「分かってないなあ。
青空の下という非日常的な状況が萌えるんじゃないか!」
バトミントンなど随分と久しぶりだった。
学生時代を思い出す。
リボンの目隠しを外してもらい、颯爽とコートに入った。
ラケットを素振りして感触を確かめる。
「さぁ行くぞ! シャルロちゃん、男同士の勝負だ!」
◆◇◆
皆が片付けを進めている。
ガーデンパラソルやテーブルは畳まれて、即席コートも撤収されていた。
コートの跡地には、パンツ一枚で落ち込む青年の姿。
シャルロに惨敗したコリンだった。
「ゴミくずのような男ね」
「コリン兄ちゃんには、がっかりだわー」
「すごく格好悪いかも~」
「見損なったぞ、コリン殿」
頭上から浴びせられるのは、女性陣の辛辣な言葉。
コリンのガラスのようなハートは、粉々になりそうだった。
遊びに負けたぐらいで、これはひどい。
「コリンお兄ちゃんは、わざと負けてくれたのデスよね」
慰めてくれるシャルロの言葉に止めを刺された。
本気で挑んだだけに、しばらくは立ち直れそうにない。
「しかし、本当に楽しかったな。私は清々しい気分だぞ」
「あは、それは良かったのデスよ」
「外で裸になるのが、これほど爽快だとは思わなかった!」
「大変なのデス! シェリー嬢様が、変な趣味に目覚めちゃったのデスよ!」
目を丸くするシャルロに、正面からシェリー嬢が抱きついた。
シャルロの頭に鼻を近づけて香りを堪能する。
「汗をかいてしまったな。帰ったらシャルロ、私と一緒に風呂に入るか」
「入らないのデス! 離れるのデスよ!」
シェリー嬢にくっつかれて、シャルロも片付け仕事をやりにくそうだ。
じゃれ合う二人の様子を眺めて、しみじみとメイド長がこぼす。
「シャルロちゃんを雇って本当に良かったわー。お嬢様も生き生きとして楽しそう」
「それはいいんだけどさ。この企画の目的って、シェリー嬢のセクハラ抑止だったよね?」
「いいのよ、これで。それよりコリン、いつまでも凹んでいないで働きなさいよ。ほらほら、屋敷までダッシュ。お風呂の用意をするように伝えてきて」
「パンツ一枚のままでッ? せめて服ぐらいは着せてくれないかな!」
テーブルと椅子、さらにポールとネットとガーデンパラソルまで一人で抱え込む。
メイド長の足蹴で送り出され、屋敷までひとりで走らされるはめになった。
シェリー嬢達は、後からゆっくり帰るそうだ。
これでもコリンは公爵家の御曹司なのに、扱いがひどすぎる。
「あ、コリンお兄ちゃん! わたしも先に帰るのデスよ」
空のランチバスケットを持ったシャルロが、慌てて追い掛けてくる。
隣を併走しながら、コリンの大荷物を眺めた。
「どれか一つぐらい、持つデスよ?」
「いや、大丈夫! 帝国軍人の底力を見せてやる!」
ふんぬと気合いを入れて、荷物を抱え直す。
意地を張るコリンに、シャルロがくすりと笑みをこぼした。
この笑みを守ってやりたい。
シェリー嬢のセクハラを止めるためには、また別の策を練る必要がありそうだった。