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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
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1-4. ガーデンパラソル1

 半地下にある使用人ホール。

 いつでも薄暗いが、採光窓のおかげで日中なら本を読めるぐらいの明るさは確保されている。

 風通しも良くはないが、あまり贅沢は言えなかった。


 階上の朝食も済んで、メイド達もようやく一息付けている。

 広めのホールで、各自は好き好きに休んでいた。


「最近のシェリー嬢様は、えっちすぎるのデスよっ」


 訴えの声を上げているのは、セクハラ被害者のシャルロ少年だ。

 眉を吊り上げた顔もまた可愛い。

 もっといじりたくなってしまう。


「このところお嬢様も忙しかったから、欲求不満も溜まってたんでしょ。ストレス解消のため、シャルロちゃんには頑張ってもらわなくちゃ」


「公務のアポイントとか減らせないのデスか?」


「無理ね。むしろミスタとしては、もっと増やしたいぐらいじゃない? 領主代行に拝謁させるというカードは、お手軽な割には何かと有用なのよ」


 シャルロの相手をするメイド長が、のんびり紅茶に口を付ける。

 あれは駄目だ。

 見るからに、解決する気がゼロすぎる。

 むしろメイド長は、いつだってシェリー嬢の味方だった。


「ならせめて、もっと健全にストレス解消するのデスよ! 間違いが起こってからじゃ、遅いのデス」


「あらー? シャルロちゃんに問題なんて起こせるのかしら?」


「む、男の子はみんな狼なのデス。わたしだって例外ではないのデスよ」


「それは楽しみね! 願ってもない展開だわ、今夜あたり期待しちゃってもいい?」


「ま、真面目に聞いてくださいなのデス!」


 にやにやするメイド長は、明らかに楽しんでいる。

 メイド長がアテにならないと悟ったシャルロは、その矛先をコリンに振り向けた。


「コリンお兄ちゃんは、えっちなことはいけないと思うデスよね!」


「もちろんだとも! 俺はジェントルマンだよ? 不健全な行為には、断固反対するね!」


 シャルロの言うことなら、どんなことにも完全同意に決まっている。

 異論を挟むなど余地などあり得ない。

 爽やかに即答したコリンを、メイド長が鼻先で笑った。


「は! 嘘ね」


「紳士って、変態という意味だっけ?」


「それわたしも聞いたことある~」


「むっつり紳士だね!」


「いやらしいですわ」


「普段の自分を見返してみろよ」


 他のテーブルに着いているメイド達まで、口を揃えて否定してくる。

 普段は仲悪そうにしているくせに、こんな時だけ息ぴったりだ。

 コリンがひと睨みすると、彼女たちは素知らぬ顔で自分達の会話に戻っていった。

 それでも聞き耳を立てている様子が、雰囲気から分かる。


 シャルロは、ヘイウッド邸のアイドル的存在だ。

 メイド達も興味津々なのは仕方ない。

 同じ男性使用人でも、コリンの扱いとは雲泥の差だった。


「それはともかく、このままじゃシェリー嬢の将来が心配だ。社交界デビューする前に、もう少し落ち着いてもらわないと」


 今のところまだ、問題は表に出ていない。

 公式の場におけるシェリー嬢の猫被りっぷりは見事なものだ。

 本性を隠して貴族令嬢を演じる彼女は、別人すぎて二重人格かと疑いたくなる。


 それでもいつかは、ボロが出るものだ。

 末娘の破廉恥な行いが公になれば、フローマス伯爵家の家名にも傷が付くだろう。


「ストレス解消と言えば、やっぱりスポーツだよね。

 俺も寄宿学校時代には、色々とやらされたよ」


「それ採用なのデスよ! さすがコリンお兄ちゃんなのデス! さあ、一刻も早く用意するデスよ!」


 コリンの思い付きに、シャルロが全力で食い付いてきた。

 シャルロにとってシェリー嬢のセクハラは、猶予のない切実な問題らしい。

 ただし、メイド長は渋い顔だ。


「あたしもお嬢様に運動してもらうのは賛成よ? でも、本格的なスポーツは無理ね。外出許可を取るだけでも、それなりの手続きがあるし」


「事情は分かるよ」


 コリンだって一応は、上流貴族の御曹司だ。

 子供の頃はあまり屋敷の外に出してもらえなかった記憶がある。


 それでも男子であるコリンは、婚前の貴族令嬢よりはマシだったはずだ。

 自由の制限が多いシェリー嬢には同情する。


 折衷案を出したのは、メイド長の妹だった。


「結局のところは気晴らしが目的でしょ? だったら、敷地内のピクニックでいいじゃない。折角、無駄に広いんだからさ」


「無駄とか言わない。ガーデナーのお手伝いで、草むしりさせるわよ?」


 しかしまあ、妹メイドにしては悪くないプランだ。

 軽く身体を動かすには丁度良いだろう。


「ピクニック、いつ行こうかしら。

 今日ならお嬢様のスケジュールも、15時まで空いてるのよね」


「あたし、キュウリのサンドイッチが食べたい! あと鳩パイ!」


「ええ~。そんな急に言われても、ランチの仕込みは終わっちゃってるよ~?」


 ここぞとばかりに食い意地を発揮する妹メイド。

 困惑したのは、キッチン組であるスカラリーメイドの少女だ。

 ふわふわとした髪に、とろんとした雰囲気。

 元気いっぱいな妹メイドとは対照的に、大人しめな女の子だった。

 キッチンの裏口で、猫達にエサやりしている姿を見掛けることが多い。

 シャルロや妹メイドと同じ、ジュニアスタッフの一人でもあった。


 猫好きメイドの言うことが本当なら、計画は延期せざるを得ないだろう。

 美味しいランチを抜きに、ピクニックは成り立たない。

 メイド長が、三泊眼のファースト・キッチンメイドに尋ねた。


「実際のところ、どうなのよ? 急ぎって訳でもないし、無理に今日する必要はないんだけど」


 話の流れは聞いていたらしい。

 キッチンメイドは、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ふざけんなと言いたいところだが、ま、それぐらいのことは何とかするさ。有り合わせの材料でも、出して恥ずかしくない料理は用意してみせる」


 まだ休憩時間の途中にも関わらず、ファースト・キッチンメイドが席を立つ。

 当然のように、彼女の部下であるキッチン組のメイド達もぞろぞろとその後に続いた。


「あ~、もう~。余計な仕事が増えちゃったじゃない~」


 去り際に猫メイドが、提案者の妹メイドを睨んでいく。

 ランチ準備に取り掛かる親友を見送りながら、妹メイドは口元を緩めた。


「うへへ、お昼が楽しみ! サンドイッチなんて、すごい久しぶりだわー」


 上流階級向けメニューを、キッチンスタッフ以外の使用人が口にする機会は多くない。

 例外の一つが、シェリー嬢の遊び相手としてお相伴に与るケースだ。

 ジュニアスタッフならではの役得だろう。


 だらしなく涎を垂らす実の妹に、メイド長が冷たく告げる。


「別にあたし、あんたを連れてくなんて言ってないけど?」


「そんな! あたしの発案じゃん! あたし抜きとか、有り得なくないっ?」


 とにかく準備が必要なのは、キッチンメイド達だけではない。

 小道具の用意は、ハウスメイド達の仕事だ。


 午前中ならまだ来客も少ない。

 シェリー嬢も勉強部屋で個人授業を受けているため、手間いらずだ。

 ルーチンワークとしては、寝室のベッドメイクやカヴァネス相手にお茶を出すぐらい。

 突発的なイベントにも、人手を割くだけの余裕はあった。

 メイド長が割り振りを指示する。


「コリン、あなた本業の方は忙しいの? 手が空いてるなら、荷物持ちを頼むわ」


「あいよ」


 使用人の仕事と、作戦局の任務。

 一人二役を兼ねるコリンだが、今日のところは急ぎの任務を抱えていない。

 特に断る理由も見当たらなかった。


 小休憩を打ち切って、紅茶のカップを片付ける。

 キッチンスタッフ以外のメイド達も、各々の持ち場に戻っていく。


「あたしはお嬢様とミセスに説明してくるわね。シャルロちゃん、コリンをホール下の物置に案内してあげて。ピクニック用具一式がどこかに埋もれてると思うわ」


「分かったのデス。探してみるデスよ」


 見つけた後には、おそらく掃除も必要だろう。

 ランチまでは3時間近くあるが、それほど余裕のある訳でもなさそうだ。

 使用人ホールの片付けはランドリーメイドに任せて、物置へ急ぐことにする。


「いってらっしゃい~。みんな頑張ってね~」


 他人事のように、テーブルに突っ伏した姿勢で妹メイドが手を振った。

 テコでも動く様子がない。

 シャルロがにっこりと微笑んだ。


「働かないと、サンドイッチも食べられないのデスよ?」


「働きます! 働かせて下さい!」


 血相を変えて立ち上がる妹メイド。

 サボるためならどんな労力も厭わない妹メイドは、遊ぶためにも全力を尽くす。

 その生き方は正直、どうかと思う。

 最後にカップを集めたランドリーメイドが部屋を出ると、使用人ホールには誰も居なくなった。



◆◇◆


 東棟から西棟へ、半地下の通路を横断する。

 通路の左右には、メイド達の寝室が並んでいた。

 当たり前のように、自室にフェードアウトしようとする妹メイド。

 その首根っこをコリンが掴んで引き戻す。

 油断も隙もあったものではない。


 大ホールは、ヘイウッド邸で最も広いスペースだ。

 西棟のほとんどを占めている。

 ただ、広すぎるのも使い勝手が悪いらしく、年に数回の公式行事でしか利用されない。

 普段はメイド達が雨天に運動するための、体育館代わりになっていた。


 その地下部分は、物置のスペースになっている。

 メイド長から預かってきた鍵で、シャルロが一つの部屋のドアを開いた。


「多分、この部屋だと思うのデス」


 ヘイウッド邸まで大きな屋敷になると、物置スペースの数も半端ない。

 別の場所に移されていないことを、祈るばかりだ。


「奥の方にあるはずなのデスよ。とりあえず手前のものを退かすのデス」


「お、あの隙間に見えるのが、ガーデンパラソルじゃない?」


 幸運にも捜し物はすぐ見付かった。

 しかし、そこから先がひと苦労。

 作業スペースを確保するために退かされた品々で、廊下が埋まっていく。

 また後で戻すことを考えると気が滅入ってしまう。


「そういえばさ、ランチした後は何して遊ぶの?」


 仕事の途中で、妹メイドが素朴な疑問を口にした。

 コリンとシャルロは顔を見合わせる。

 ピクニックの目的は、シェリー嬢に外の空気でストレス解消してもらうことだ。

 軽く歩いてランチするだけでも運動にはなる。

 しかし、身体を動かす遊びも考えておけば、さらに効果は増すというものだ。


「うーん、鬼ごっことかデス?」


「あの広大な芝生でそんなことしたら、絶対に捕まらないじゃん!」


 隠れんぼという案も、隠れる場所がないということで却下。

 縄跳びやフラフープも良い運動にはなりそうだが、どうも決め手に欠ける。


「何で遊ぶかは、シェリー嬢に決めてもらうとか」


「主導権を渡しちゃ駄目なのデスよ。お医者さんごっことか言い出されかねないのデス」


 少人数でも楽しめてルールの簡単な遊びと言われても、すぐには思い付かない。

 考えあぐねているところで、妹メイドがその箱を発掘した。


「これってラケット?」


「羽根付きコルクもあるのデスよ。手作りっぽいのデス」


「ネットとポールも見つけた。これでコートを作れってことかな」


 決まりだ。

 かなり古そうで手入れもされていないが、子供の遊びには十分だろう。

 遅れて手伝いに来たメイド長が、「へえ」

 と呟いた。


「懐かしいわね、まだ残ってたんだ。昔はウィル様と良く遊んだものよ」


 ウィルというのは、シェリー嬢の実兄に当たる。

 メイド長が小さかった頃は、妹メイドのように遊び相手役を務めていたそうだ。

 コリンが尋ねる。


「ピクニックの許可は下りた?」


「もちろんよ。夕方に来客のアポイントあるから、それまでに戻れば問題ないわ」


 思い付きの企画にしては、準備は順調だ。

 たまにはこうした、行き当たりばったりというノリも楽しい。


「これでシェリー嬢様には、健全にストレス発散してもらうのデスよ。ひと汗かけば、わたしへのセクハラもなくなるのデス」


 ラケットを握ったシャルロが、嬉しそうな笑顔を見せた。

 きっとシェリー嬢にとって、良い気分転換になることは間違いない。

 身体を動かすことを勧めてみたのはコリンだ。

 発案者の一人としては、是非ともイベントを成功させたい。


「くふふ、そうは思い通りにいくかしらねー?」


 もう一人の発案者である妹メイドが、含み笑いを漏らす。

 やばい。

 あれは良からぬことを考え付いた顔だ。

 言いようのない不安に、コリンに寒気が走った。

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