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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
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3-6. メイド長3

 夕食と入浴を済ませたコリンは、シャルロに屋敷内を案内してもらえることになった。


「やれやれ。上流階級の生活とは、これでしばらくお別れかな」


「あは。やっぱり不安だったりするデスか?」


「確かに美味しい食事と、ふかふかのベッドは名残惜しいな。だけど俺だって、慎ましい集団生活は寄宿学校で経験済みだからね。それに先輩との任務じゃ、安宿や野宿も珍しくなかったし」


「それは心強いのデスよ」


 貴族の住まうカントリーハウスには、二つのエリアが存在する。

 表舞台と舞台裏。

 使用人区画は物理的にも、明確に切り離されていることが普通だった。

 ヘイウッド邸の至る所にも、バックヤードへの入口が隠されている。

 シャルロに先導されて、そのうちの一つを潜り抜けた。


「おおっ、これはすごい! まるで秘密基地みたいだ!」


「あは。そんなに格好いいものではないデスよ?」


 はしゃぐコリンに、シャルロが苦笑する。

 扉一枚を隔てただけで、まるで別世界が広がっていた。

 バックヤード区画では、実用性のみが優先される。

 絨毯や壁紙は省略されて、板張りの床と漆喰の壁がそのまま見えていた。


「この薄暗さが雰囲気出てるね! でもこれ、仕事する時に支障ないの?」


「んー、わたし達には普通なんデスけどね」


 使用人区画の裏階段を降りていく。

 地下フロアは半地下構造になっていて、一応は天井近くに採光用の窓が付いていた。

 しかし日の沈んでしまった今の時間帯では、ランプの光だけが頼りになる。


「さて、ここが使用人ホールなのデスよ」


 階段を下りてすぐに位置する大部屋は、それなりの広さを有していた。

 使用人達の休憩室と食堂を兼ねているらしい。

 出迎えてくれたのは、屋敷に到着した時にも顔を合わせている長身のメイドだった。


「コリン・イングラム様。このようなところまで、ご足労ありがとうございます。あたしは当家でメイド長を務めさせていただいております、スージーと申します」


 すらりとしたスタイルで、ワンサイドアップにまとめた栗色の長い髪が似合っている。

 腰の位置がやたらと高い。

 身に付けているのは黒白のオーソドックなメイド服。

 かなりの美人さんだった。


「ミセスから話は聞いております。短い間でしょうけど、どうかよろしくお願い致します」


 序列的には、メイド長よりもハウスキーパーの方が上になる。

 ただし現場で実務を取り仕切っているのは、このスージーと名乗るメイド長だろう。

 コリンが階下の世界で上手くやっていくには、彼女の協力が不可欠という訳だ。

 第一印象を良くしておいて損はない。

 コリンは最上級の礼儀作法に則り、恭しくスージーの手を取った。


「スージー殿、こちらこそよろしく」


 彼女の手の甲に軽く口付けをする。

 そして顔を上げると、爽やかな笑みを浮かべて見せた。

 途端に、ぞわわっとスージーが身震いする。


「ひいっ、きもい!」


「へ?」


 乱暴に手を振り払われてしまったコリンが、呆気に取られる。

 スージーは手袋を脱ぐと、ぺしゃりとコリンの顔面に投げ付けてきた。


「有り得ないからッ! あーもう、最悪! まだ寒気が収まらないわ! 何なのこいつ、生理的に受け付けないんだけど!」


「お姉ちゃん、お姉ちゃん! 本音がただ漏れになってるデスよ! 深呼吸して落ち着くのデス!」


 慌ててフォローに入るシャルロ。

 何だろう、この反応は。

 コリンとしては展開が理解不能すぎた。

 シャルロに介抱されて、スージーがぜーぜーと息を整える。


「ありがとう、シャルロちゃん。大丈夫、あたしはできる女よ。これぐらいの試練、見事に乗り越えてみせるわ……!」


「その意気なのデス! ファイトなのデスよ!」


 やがて落ち着いたのだろう。

 スージーは姿勢を正すと、改めてコリンに挨拶を繰り返してきた。


「コリン・イングラム様。このようなところまで、ご足労ありがとうございます。あたしは当家でメイド長を務めさせていただいております、スージーと申します」


「何事もなかったことにされてるーーーーッ?」


「はい? どうかされましたか?」


 にっこりと微笑むスージー。

 しかしその笑みはどこか固く、無理していることが丸分かりだった。


「どーいうことなの? 何で俺、初っ端からこんなに嫌われてるの?」


「だ、大丈夫なのデスよ! スージーお姉ちゃんは、ちょっぴり緊張しているだけなのデス」


「本当に? シャルロちゃんを信じていい?」


 気まずそうな表情をしたシャルロが、ふっとコリンから視線を外す。

 そこは優しい嘘で励ましてほしかった。


 とりあえずこんな序盤から、心折れる訳にはいかない。

 失敗した時には、気持ちの切り替えが大切だ。

 メイド長から質問の許可を求められて、コリンは快く頷いた。


「えっと、コリン様は、使用人生活の体験をご希望ということですね? 料理や被服のご経験は?」


「もちろんないよ。サバイバルの訓練ぐらいなら受けたけど」


「はッ。使えないわね」


「え?」


「いえいえ、何でもありません。それでは、とりあえず体験してみたい仕事の希望などありますか?」


「んー、力仕事ぐらいは手伝えるかな。あとは掃除とか」


「あん? 使用人の仕事を舐めてんの?」


「へ?」


「いえいえ、こちらの独り言です。分かりました。それではここから、木製の手摺りを磨く道具を一式出してもらえませんか?」


 メイド長が取り出したのは、木製のボックスだった。

 取っ手が付いている。

 中には色々な種類のブラシや皮、黒鉛、金剛砂などが入っていた。


 もちろん分かるはずがない。

 とりあえず石灰石など明らかに木材を傷つけるものはアウトだろう。

 布やワックスに見当を付けたいところだが、種類が多すぎてどれがどれだか区別付かない。


「わ、分かりません」


「死ねばいいのに」


「おや?」


「うふ、気になさらないで下さい。最初は誰でも経験のないものですから。分からなくて当然です」


「怖い怖い怖い! さっきから目が笑っていないから!」


「うっさい、黙れ。営業スマイルを維持するのも大変なのよ。あたしは本来、接客担当じゃないんだから」


「ひいっ、ごめんなさい」


 思わず謝ってしまった。

 何かおかしい。

 温度差を感じる。

 ハウスキーパーからこのメイド長に、今回の企画意図は正確に伝わっているのだろうか。

 疑問を抱かざるを得なかった。


 そもそもコリンは、本気で使用人になる訳ではない。

 一時的な、ごっこ遊びと称される類の取り組みだ。

 掃除道具を並べて、そんな真剣に睨まれても困ってしまう。

 助け船を出してくれたのは、やはりシャルロだった。


「スージーお姉ちゃん、もう時間も遅いのデスよ。今日はこれぐらいにして、続きは明日でどうデスか?」


「あら、それもそうね。じゃあ、寝る前に制服だけでも受け取ってもらおうかしら。ベッキーに手配させといたから、案内はシャルロちゃんに頼んでいい?」


「お安いご用なのデスよ!」


「あたしはその間に、もう少し気持ちを落ち着けておくわ。あの脳天気な顔を見ていると、つい回し蹴りを見舞いたくなっちゃうのよ」


「ちょっと待って! メイド長さん、何でそんなに敵意むき出しなのッ?」


「誤解です、コリン様。ヘイウッド邸の使用人一同は、公式には貴方様を歓迎していますよ? 嫌っているのはあたしだけです」


「ついに本音を隠すことすら止めちゃったッ!」


 最初に出会ったシャルロが好意的だったおかげで、コリンはすっかり失念していた。

 貴族は庶民に嫌われるもの。

 帝国に限らず、それは世界共通の大原則だった。

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