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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
18/27

2-9. メイド長2

 東街区での騒動は、まだヘイウッド邸に伝わっていなかった。

 騎士団がコリン達の到着を伝えるべく早馬を走らせてはいたが、到着はもう少し先になる。


 だからメイド長のスージーは、コリン達が港湾都市フローマスに到着していることを現時点では知らない。

 コリンがシャルロに出会っていることなど、神ならざる身には想像すら出来なかった。


 当初の予定ではそろそろ、来賓が訪れてもおかしくない時間帯だ。

 男性使用人やパーラーメイドといった接客担当を例外として、他のメイド達は既に全員バックヤードへ引っ込ませている。


 メイドとは本来、裏方に徹するべきだ。

 華やかな上流階級の人々が行き交う表舞台には似つかわしくない。

 スージーは屋敷内をひと通り回って、抜かりはないか最終チェックをする。

 やがて満足そうに頷くと、シェリー嬢に声を掛けるため舞踏室へとやって来た。


「本当にこれで乗馬の練習になっているのか?」


「いーから、いーから。あたしに任せて」


 扉の隙間からそっと中の様子を伺うと、少女の背に跨ったシェリー嬢が上体をふらふらとさせていた。


「うう、何でわたしがこんな役なの~」


 シェリー嬢の下で泣きそうになっている大人しい雰囲気の少女は、スカラリーメイドのエリカだ。

 ジュニアスタッフの一人だが、どうやらリリ達に強制連行されて来たらしい。


 本来の仕事はキッチンの洗い場担当。

 しかし、ヘイウッド邸におけるジュニアスタッフは、シェリー嬢の遊び相手という役割も兼ねていた。

 当然のことながら、優先順位は後者が上だ。


「まあ、あれよ。練習になるのかどうかなんて、どうでもいいの。乗馬を教えてほしいっていうのは、シャルロちゃんに断られなくするための口実なんだから」


 どうやらまた、リリの奴が良からぬことを企んでいるらしい。

 仕事ではまるで役立たずのリリだが、遊びになると悪い意味で頭の回転が速くなる。

 あの妹は才能を活かす方向を、完全に間違えていた。


「それじゃ、エリカちゃん進んでみて」


「うう~、次のコイントスじゃ負けないんだから~」


「おおっと」


 四つん這いになったエリカが前進すると、その背に乗ったシェリー嬢がバランスを崩してよろめいた。

 危ない。

 あのバカ妹は何をしているんだと、スージーは飛び出しそうになった。

 シェリー嬢に怪我でもさせたら大事だ。


「エリカちゃんもっと早く!」


「これ結構、疲れるよ~」


 文句は言いつつも、一応はリリの指示に従うエリカ。

 たまらないのはシェリー嬢だ。

 慌ててエリカに抱きついて何を逃れる。


 舞踏室を一周したところで、エリカの馬役は終わり。

 あまり体力のない彼女は、カーペットに大の字になってぜーぜーと荒い息を整えていた。

 騎手役のシェリー嬢も、うっすら汗をかいている。


「どう? 分かった?」


 そんな二人の少女に、得意気な顔をしてリリが尋ねる。


「「何がッ?」」


 エリカとシェリー嬢のリアクションは息ぴったりだった。

 それはそうだろう。

 こっそり覗き見しているスージーにも、リリの狙いが理解できない。


「はー、二人とも想像力が貧弱ねー。いい? 舞踏室を一周した状況を思い返してみて?」


「うむ、思い返したぞ」


「そのまま、相手がシャルロちゃんだとイメージしてみて。ほら、あたしの企画の狙いが分かったでしょ?」


「おおッ」


 シェリー嬢が、目をくわっと見開いて感嘆の声を上げる。


「なるほど! 確かにこれなら、さりげなくシャルロに密着しまくりだな! 両足でがっつりホールドしつつ、全身くまなく揉みまくりだ!」


 想像したら興奮してきたのか、シェリー嬢の鼻息が荒くなってくる。

 水を差したのは、馬役をさせられたエリカだった。


「いやいや、全然さりげなくないよう。魂胆丸見えすぎ~。あたしなら断っちゃうな~」


「む、そうか? 確かに最近のシャルロはつれないからな。健全なお医者さんごっこだと説得しても、信じてくれない」


「ふふん、エリカちゃん甘いわね。それじゃあたしが手本見せてあげる。実証実験よ。エリカちゃん手伝って」


「だからもう、わたしは嫌だって~」


「コイントスなしで騎手役を譲ってあげるわよ?」


「本当~? それならやってみたいかも~」


「へい、かもん!」


 勢い良く四つん這いになったリリに、恐る恐るエリカが腰掛ける。

 最初はゆっくり進むリリに、エリカも上機嫌になってくる。


「あ、これはちょっと楽しいかも~」


「じゃあ、本気出すわよ」


「え?」


 途端に暴れ馬みたいな勢いで、激しくリリが動き出した。

 背中に乗るエリカは大混乱だ。

 リリに抱きついたものの、目をぐるぐる回している。


「ほら! 騎手なら鞭を打たないと!」


「え? ええ~?」


「遠慮なく! 力いっぱいね!」


「こ、こお」


 正常な判断力も失ったエリカが、リリのお尻を軽く撫でた。

 リリが、ガーーッと激高する。


「弱い! もっと強く!」


「え、えいっ」


「ひひーーーーんッ」


 舞踏室を一周した頃には、エリカは完全に力尽きていた。

 俯せでカーペットに倒れ伏せたまま、ぴくりとも動かなく。

 逆にリリは、生き生きと瞳を輝かせてる。


「どーよ! この作戦の肝が分かったかしらっ?」


「師匠と呼ばせてくれ! シャルロに選択を委ねたふりをして、その実はMプレイを強要させるとは! リリは策士だな!」


「ふふーん! もっと誉めてもいいのよ!」


 駄目だ、この変態少女達。

 早く止めてあげないと。

 そう思いはしたスージーだったが、幸せそうなシェリー嬢を見ていたら何もかもがどうでも良くなってきた。


「よし! シャルロが帰ってくるまで特訓するぞ! エリカ、いつまで寝ているのだ!」


「うえ、わたしもう限界~。は、吐きそう~」


「腰の回転と角度を極めることで、より高度な楽しみを得ることも出来るわよ!」


「すごい! リリは本当に天才だな!」


 はっ、とスージーが正気を取り戻した頃には、何もかもが手遅れになっていた。

 着衣も髪も乱れまくり。

 全身汗だくでカーペットに転がり、荒い息を付く少女が三体。

 ひどい惨状だった。


 これはこれでえろ可愛いシチュエーションだったが、今はそんな妄想を広げてる場合ではない。

 来賓を前にして、これはまずい。

 こんなシェリー嬢の姿をお客様に見られたら、ヘイウッド家の威信はおしまいだ。


 扉の影から姿を出すと、スージーはリリの枕元に仁王立ちをした。


「ねえ、リリ。あたしは今晩、大切なお客様がいらっしゃるって説明していたわよね? それがどうして、お嬢様がこんな状況になってるのかしら?」


「あー、姉ちゃん。ちょっと待ってて。流石のあたしも疲れちゃって、しばらく動けないから」


「これじゃお嬢様は、湯浴みでもしてもらわないと人前に出られないわ。リリ、あんたは余計な仕事を増やすことについては天才的よね」


「あれ? もしかして姉ちゃん、怒ってたりする?」


 ようやくスージーの怒りを察したのか、リリの顔が青ざめる。


「乗馬ごっこだっけ? とても楽しそうね。あたしも混ぜてもらえないかしら? ほら、さっさと四つん這いになってお尻を出しなさいよ」


「ひい! 姉ちゃん目が怖い! 目が!」


「うふふ、しばらくは椅子に座れなくしてあげる」


「ぎゃーーーーっ」


 ヘイウッド邸に、リリの悲鳴が響き渡った。

 お決まりのパターンでオチを付けたところで、やれやれとスージーは嘆息する。

 そんなメイド長に、シェリー嬢が首を傾げて尋ねた。


「なあ、まだシャルロは帰ってこないのか?」


「そういえば遅いですね」


 懐中時計を取り出して確認する。

 ただ、シャルロのことについては、そこまで心配はしていなかった。

 もしかしたら今日の配達量は多かったのかも知れないし、立ち寄った移民街でお茶でもしている可能性だってある。


 とりあえず今は、シェリー嬢の衣装直しが優先だ。

 シェリー嬢を連れ出そうとしたところで、舞踏室にパーラーメイドがやって来た。


「お姉さま、騎士団の早馬が届きましたわ」


「騎士団?」


「フレデリカ・シューター様とコリン・イングラム様は、既にフローマスに到着されているそうですの」


「何でその連絡が騎士団から?」


「さあ? 詳しいことは直接お聞きになって下さい」


 状況が分からない。

 来賓の二人は、軍務省所属と聞いている。

 領主のカントリーハウスへ訪れる前に、騎士団本部に寄ったということだろうか。


 とりあえず使用人ホールへ急ごうとしたスージーに、パーラーメイドが付け加える。


「そうそう。お客様には、シャルロちゃんも一緒らしいですわ」


「何でっ? どーいう状況でそうなるのよっ?」


 今度こそ意味が分からなかった。

 客人とシャルロに接点はない。

 とりあえずは悩むより、情報収集が先だろう。

 先を急ごうとするスージーのスカートを、シェリー嬢がぐいっと引っ張った。


「シャルロが見つかったのかっ? それではすぐ帰ってくるな?」


「ええ、恐らくこれから、迎えの馬車を出すことになるかと思います。一時間後ぐらいになるでしょうか」


「そうか! それは良かった!」


 どうやらシェリー嬢の頭の中はシャルロのことで一杯で、来賓のことなど欠片も覚えていないらしい。

 こんなことで大丈夫だろうかと、少し心配になる。

 今回の来客対応は、到着前から前途多難だった。

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