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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
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2-8. 魔女狩り4

 絵描きが逃げ込んだのは、東街区でも建物が密集している区画だった。

 フローマス騎士団の二個分隊に、追跡の任務が与えられた。

 残りの分隊は、包囲網形成に回っている。

 コリンは追跡班への配置だ。

 異端相手に生身の兵士では犠牲が増えるばかり。

 竜騎士であるコリンと、術士のフレデリカはそれぞれ別分隊のサポートに付いた。

 つまりコリンの役目は、異端と会敵して第一撃を食らうための盾役ということになる。

 嫌すぎる。


 ちなみに測距法術はとっくに無効化していた。

 結局のところ人海戦術に頼るしかないという状況に逆戻りだった。


 裏路地は見通しが悪く、日が差し込まずに薄暗い。

 人間が二人擦れ違うぐらいがやっとという、細い道だ。

 隊列の先頭を行くコリンは、感覚を研ぎ澄ませながら慎重に足を進めた。

 角を曲がる度に、どっと緊張してしまう。

 正直なところ、もう二度とあの絵描きとは戦いたくなかった。

 あれに勝てる自分がイメージ出来ない。

 出来ることなら、自分以外の追跡班か、包囲班に当たってほしいところだった。


 幾つかの角を曲がったところで、ガタッと何かの倒れる音が路地に響いた。

 逃げる足音。

 地元の善良な住人か、野良犬辺りが立てた物音だと信じたい。

 信じたいが嫌な予感しかしなかった。

 分隊の兵士達と無言のまま頷き合う。

 バッと次の角へ身を乗り出すと、ちらりと絵描きの背中が見えた。


「ちくしょう! うちのチームが当たりかよ! そんな予感はしてたんだ!」


<どうやらボクらの方はハズレらしい。強運だね、コリン。こっちの隊もそちらに向かうよ。挟み撃ちにしよう>


 もはや脇道ごとに探索する必要もない。

 足音の方向へと、待ち伏せ攻撃に気を付けながら速度を上げた。

 こちらの物音に相手も気付いたらしい。

 絵描きの足音が急に駆け足になる。


「感づかれた!」


「目標に会敵! 友軍へ連絡しろ!」


 隣を走る兵士が笛を鳴らした。

 別の兵士が投げ捨てた法札からは、色付きの狼煙が勢いよく上空へ噴き上がる。

 この状況になった以上、遠慮はいらない。

 追うコリン達も全速力だ。


 そうは言っても道が狭い上に、ゴミなどが散らかっており足場は最悪。

 お互い大通りを全力疾走していた時みたいな速度は出ない。

 路地の真ん中に堂々と置かれた得体の知れない木箱を乗り越えた時、先の角からどちゃりと妙な音が響いた。

 ぴたりと足を止め、コリンが分隊の兵士達と目線を交わす。

 そして皆が何の音か判断つかないことを示すように、首を横に振った。


 迷っていても時間をロスするだけだ。

 罠だとしても飛び込むしかない。

 異端の攻撃を受けても、コリンなら一撃二撃は耐えられるだろう。


 コリンが長剣を構え直し、そのフォローをするように兵士達が軍用の連弾式法傘を構えた。

 分隊支援用に馬上法槍を持ち出している兵士もいる。

 絵描きの所有していた携帯式の連発法棒が、子供のおもちゃに思えるほどの重武装。

 さすが軍隊。

 心強い。

 前衛のコリンとしても安心してサポートを任せられる。


 完全な戦闘態勢で身構えたコリン達の目前に、先の角からオレンジが一つ、ころころと転がり込んできた。


「?」


 微かに漂う柑橘類と鉄の香り。

 角の向こうで何が起こっているのか想像が付かない。

 色めき立ったのは、コリンに同行する経験豊富な兵士達だった。


「事務官殿、こいつは血と臓物の匂いです」


「他班が先に会敵したか?」


「戦闘の気配はなかった。包囲班との合流ポイントもまだ先だ。民間人が巻き込まれたか?」


 コリンの視覚を共有しているフレデリカ先輩が、冷静な声を挟んでくる。


<もちろんボクらの班も会敵していない。そちらに到着するには、まだ少し時間が掛かりそうだ。慎重に行きたまえ>


 たまたま居合わせた地元住民が犠牲になったのだろうか。

 何れにしても、一刻の躊躇も許されない。

 フレデリカ先輩の到着を待つ余裕もなかった。

 意を決して角に飛び込む。


「動くな! こちらは帝国軍作戦局及び、フローマス騎士団だ!」


 むせ返るような死臭と、一面に広がる血の海の中。

 小柄なメイドがぽつりと立ち尽くしていた。


 歳は十歳前後だろうか。

 紅血に塗れた陶器のように白い肌。

 空虚に澄んだ蒼い瞳は、大きく見開かれたまま固まっている。

 メイドの立つ位置は路地裏でも開けた場所にあるらしく、演劇のスポットライトみたいに日の光が射し込んで、銀髪の三つ編みがきらきらと輝いていた。


「妖精……?」


 兵士の一人が、魂を抜かれたような表情で呟く。

 心奪われる光景に、コリンも思わず同意しかけてしまった。

 それほどメイドの美しさは圧倒的で、現実離れしていた。

 しかしそれは、触れれば消えてしまいそうに儚げな美しさでもあった。


 やがてこちらに気付いたのだろう。

 メイドが首を傾げ、小さな唇を僅かに開く。


「その制服はもしかして、コリン・イングラム様なのデスか? あは、わたしも歓迎の用意をしなくちゃなのデスよ」


 表情を失っていたメイドが、柔らかく微笑んだ。

 白い肌に生気が戻り、ほんのり桃色に色付く。

 はにかむような笑顔が、周りの光景とあまりにミスマッチだった。


 戦意が抜けて、コリンの剣先もゆっくりと下がる。


<コリン、ぼーっと突っ立てないで周囲を索敵! いや、今のは無しだ。撤回するよ。他所様の隊から、戦死者を出す訳にもいかないからね>


 フレデリカ先輩からの声が、すごく遠くに聞こえる。


 我に返った兵士の一人が、慌てて首元にぶら下げていた笛を吹いた。

 ピィ、ピィーーーーッという甲高い音が路地裏に響く。

 作戦終了の合図だ。

 同時に打ち上げられた照明方弾が、強烈な青白い光を放ちながら宙を漂った。

 止まっていた時が動き出したように、慌ただしく兵士達が各々の仕事に取り掛かる。


 飛び散る血とへしゃげた肉片。

 白く覗くのは砕けた骨。

 どれほどの力が作用したのか分からないが、壁にへばり付いていたのは、かつて絵描きだったモノの残骸。

 既に原型は留めていない。

 熟れた果実を思い切り壁に投げつければ、このような凄惨な姿にもなるのだろうか。


「君、気をしっかり持つんだ!」


 コリンは自分の派手なコートを外すと、棒立ちになったままのメイドの細い肩へ優しく掛けてやった。

 安心したように、ふっと力の抜けたメイドを慌てて抱きかかえる。


 こうしてコリンは、路地裏の戦場でシャルロと出会った。

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