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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
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2-5. 魔女狩り2

 港湾都市フローマスの東街区を上空から見下ろすと、無秩序に増殖してきた街並みが広がる。

 都市計画に沿って開発された北街区の整然とした景観とは対照的だ。

 火事の延焼を防ぐために大通りの幅だけは厳しく規制されているが、それ以外のブロックは小汚い家屋が密集するように犇めき合っていた。


 そんな今にも崩れそうなボロ屋の屋根上を、コリンはかなりの速度で駆け抜けていた。

 すぐに足場が途切れ、薄汚い通りが眼下に広がる。

 しかしコリンに躊躇はない。

 通りの幅は数メートル。

 屋根から屋根へと、一気に跳躍する。

 作戦局の制服である青いコートが大きく翻った。


<いいぞ! 距離およそ四百メートル! 目標はすぐそこだよ!>


「了解です!」


 脳裏に直接響くのは、後方からコリンを追い掛けているはずのフレデリカ先輩の声だ。

 聞こえるのは声だけで、姿は見えない。

 返事をしたコリンが、たんっと次の屋根に着地。

 勢いを活かしたまま、さらに前方へ跳ぶ。

 身体が軽い。

 周りの景色が、すっ飛ぶように後ろへ流れていく。

 この空を駆けるような爽快感は、コリンが竜騎士になって良かったと思うことの一つだ。


 法術。


 神が定めた自然法則に干渉する術の総称。

 かつて奇跡や魔法と呼ばれていた事象を、ヒトは体系化することに成功した。

 記録に残る最初期の研究は、二百年年前に著された一冊の禁書だ。

 教会が公に認めて実用化されたのは、さらに時代が下っておよそ百年前。

 急速に開発は進み、三十年前には法術という名の技術革命が、戦場の様相を一変させていた。


 各国で繰り広げられる、法術の開発競争。

 近年の流行は、竜騎兵と呼ばれる兵科での応用研究だ。

 コンセプトは騎兵の突破力強化。

 長槍の方陣に対して時代遅れとなりつつあった騎兵は、火器と法術の登場で、再び戦場の主役となった。


<法術の稼働状況、全て異常なし。もう少しだけ出力を上げてみようか?>


「はいっ、お願いします!」


 ぐんっと加速度がさらに増す。


 竜騎士法術には身体能力の強化法術を中心に、防壁法術、攻性法術、通信法術などがパッケージングされている。

 コリンの身体中にも、血管のような緻密さで法術回路が焼き込まれていた。

 士官学校の在学中に、法術職人でもあるフレデリカ先輩によって設計されたものだ。


 会戦での竜騎士法術は、特殊な軍馬や馬上槍とセットで運用される。

 しかし、コリン達の任務は帝国領内に限られており、前戦での正規戦も想定されていない。

 そのため過度な重武装は持ち合わせていなかった。

 それでもなお、コリンの単体戦力は常人のそれを大きく凌駕している。


<油断するんじゃないぞ。思わぬところで足下を掬われないように気を付けるんだ>


「もう学生じゃないんですから、分かってますよ!」


 開発国によって、同じ竜騎士法術でもそれぞれ癖がある。

 帝国式における最大の特徴は、騎士と術士とのツーマンセル運用だろう。

 二倍の人員が必要という欠点はある。

 しかし、それを補って余りある利点があった。


 他国の竜騎士法術では、騎士が戦いながら同時に法術制御を行うことが一般的だ。

 そのため目の前の戦闘に集中出来ず、仕様通りの性能を発揮出来ない。

 もちろん天才と呼ばれるエースは存在した。

 しかし、戦争は数の限られる天才だけに依存して行うものではない。


 帝国式であれば、騎士は目前の戦闘だけに専念すれば良かった。

 法術制御は、専属でサポートに当たる術士の仕事だ。

 だからコリン自身が、複雑な法術を操る必要はない。

 それらは全て、フレデリカ先輩がリモートで行っていた。


 コリンの視覚及び聴覚情報は、リアルタイムで先輩にも共有されている。

 個人のプライバシーなんてものは、一切考慮されていなかった。

 逆に先輩からコリンへの指示は、音声イメージ化された思念伝達のみとなる。

 本来ならコリンも、先輩の視覚情報を共有したいところだ。

 しかし残念ながら、二人分の入力情報を処理するには、コリンの技能は不足していた。


<どうだい、コリン。初日から手掛かりに接触できるなんて、東街区に寄って正解だっただろう? まさにボクの計画通りだよ!>


 声だけしか聞こえないのに、先輩の得意気な顔が目に浮かぶ。


「計画というか、どう見ても悪運が強かっただけでしたよ? 明らかに先輩、相手が手配書の人物だって分からないで声掛けてましたよね?」


<いきなりの攻撃には、さすがに驚いたけどね。ま、何れにしても逃がしはしないよ>


 コーン、コーンと響くように感知出来るのは、フレデリカ先輩が並列起動している測距法術の探査波だ。


 コリン達が追跡しているのは、かつて絵描きだった若者。

 騎士狩り事件の重要参考人として指名手配されている。

 フローマスに到着して早々に、絵描きと遭遇出来たのは幸運以外の何ものでもなかった。

 突然の不意討ちぐらいはご愛敬。

 あの状況から咄嗟に標識術式を打ち込めただけでも上出来だろう。


<しかし、生かしたまま捕縛とは面倒だね。標識術式の代わりに攻性法術でも撃ち込んでいれば、こんな手間は掛からなかったのに>


「それ大惨事ですから! 帝国領内の市街地で無茶しないで下さい! おまけに重要参考人を殺しちゃったら、本末転倒もいいところですよ」


<攻性法術にするべきかどうかは、本当に少し迷ったんだよ? ボクの見込みではあの絵描き、その程度で死ぬようなタマじゃないからね。あ、目標の進路が曲がった。三時の方向に調整したまえ>


「それにしてもこの法術、すごい便利ですね。俺も初めて見ましたけど、どうして今まで使わなかったんですか?」


<うーん、正直なところ使い勝手がいまいちだからね>


 先輩の説明によると、測距法術も万能ではないらしい。

 把握できるのは、標識術式を撃ち込んだ相手までの方角と距離だけ。

 そこに辿り着くための道順は、自分で選択する必要がある。

 道に迷うほど土地勘のないコリンとフレデリカ先輩にとって、それは致命的な問題だった。


 そこで先輩は、機動力に優るコリンを先行させた。

 竜騎士法術で建物や遮蔽物を跳び越えられるコリンなら、目標までの最短距離をショートカット出来る。


「ひとつ気になるのは相手の絵描き、相当に人間離れしていますね。走行速度が異常ですよ。単騎のようですし、どの国の竜騎士法術でしょうか?」


<いや、ボクの予測通りなら、どこの法術にも当てはまらないね。人為的に制御されている癖が見当たらない。会敵する時には十分に注意したまえ>


 いくら絵描きの足が速いと言っても、障害物の多い地上を走るのでは限界がある。

 中空を跳ぶコリンは、じりじりと絵描きまでの距離を縮めつつあった。


<距離およそ二百メートル! 方角、十時に調整!>


「こちらでも目標を捕捉しました!」


 コリンの研ぎ澄まされた聴覚が、市場から聞こえる騒ぎを捕らえた。

 目標は近い。

 懐から単発式の法札を取り出すと、法力をチャージする。


 ちなみに貧民街の建物には、木板を貼り合わせただけの粗末な造りが少なくない。

 それも新築から築数十年の腐りかけ物件まで、無秩序に混在している有様だ。

 中には当然、数メートルも跳躍してきた人体の衝撃に、耐えられない建物だって少なからず存在していた。

 むしろ、ここまでそうしたボロい構造物に当たらなかった事が、かなりの幸運だったと言えるだろう。


「は?」


 だからコリンの足下の屋根が、何の手応えもなく破壊されたのはむしろ必然だった。

 バキャッと木片が砕け散り、足場を失ったコリンがバランスを崩して宙へ放り出される。

 土地勘のある絵描きが、何故わざわざ地上を走って逃げていたのか。

 その理由にようやくコリンは思い至った。

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