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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
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1-1. 回想(帝歴266年春)

 港湾都市フローマスの中央通りを北上すると、市街地を抜けた辺りで右手に緑の敷地が見えてくる。

 そこがフローマス伯ヘイウッド家のカントリーハウスだ。


 あまりに広大すぎて、敷地外からは屋敷の姿を覗うことは出来ない。

 林に囲まれた敷地内は緩やかな草丘が連なり、その間を縫うようにして一本の馬車道が延びていた。

 その先に立つ青い屋根の屋敷が、メイド長の職場だった。


 すらりとした長身に、栗色のロングヘア。

 髪の一部をワンサイドアップに括っている。

 身につけているのは黒のワンピースに、白のエプロンとカチューシャだ。


「シェリーお嬢様、失礼致します」


 メイド長はお嬢様の寝室を訪れると、天蓋付きベッドに向けて軽く一礼した。

 寝起きの金髪少女が、アーリーモーニングティに口を付けたままメイド長を一瞥する。


 社交シーズ中は伯爵夫妻が帝都に出掛けてしまうため、末娘が当主代行の役目に就く。

 娘の名は、シェリー・ヘイウッド。

 十歳を過ぎたばかりの幼い彼女こそが、メイド達の仕えるご主人様だった。


 ストレートの金髪に、吊り目気味な碧瞳と整った顔立ち。

 身に付けているピンクのベビードールは、ほとんど下着姿と変わらない。

 絵本に出てくるお姫様そのままなビジュアルをしたシェリー嬢の美貌に、メイド長のクールな表情がだらしなく緩んだ。


「くふ、今朝もお嬢様の可愛さは格別です」


「気持ち悪いぞ。用事があるなら早くしてくれ」


 シェリー嬢の冷たい眼差しも、メイド長にとってはご褒美でしかない。

 貴族令嬢に求められるのは、威厳と品格。

 その点においてシェリー嬢は、幼いながらも模範的ですらあった。


「今朝は面白いニュースをお届けに来ました」


「む?」


「新しいメイドを雇い入れたのです。これは是非、お嬢様にもお目通りしておこうかと」


「そんなことを、わざわざ私に?」


 つれないシェリー嬢のリアクションは予想通り。

 貴族階級からすると、メイドなど掃除道具と同列の存在だ。

 シェリー嬢も例外ではなく、一部の親しい使用人を別として、屋敷全員のメイドの顔すら覚えていなかった。


 もちろんメイド長も、雇ったのがただの新人ハウスメイドなら、シェリー嬢に時間を取らせない。

 紹介するには、それなりの理由があった。


「雇ったのは、ジュニアスタッフです。お嬢様と歳もほぼ同じですよ」


「大して興味ないな」


 台詞とは裏腹に、シェリー嬢の眉が少し動いた。

 少しだけ興味を惹かれたようだ。


 何もかもが完璧に見えるシェリー嬢だが、メイド長には一つの懸念がある。

 それは、完璧すぎるということだ。

 理想の貴族令嬢像を演じきるシェリー嬢は、見ているとたまに不安になってしまう。

 周囲の期待に応えるため、彼女は自覚なしで無理を重ねているのではないかと。


 シェリー嬢に足りないのは、年相応の子供らしさだ。

 大人が相手では、シェリー嬢も心を開けないだろう。

 そのための秘策が、年齢の近いジュニアスタッフの採用だった。


「それでは紹介しましょう。ふふ、シェリーお嬢様も、びっくりしますよ。ほら、入ってきなさい」


 メイド長は、廊下に待たせていた新人メイドを招き入れる。

 おっかなびっくりといった様子で、小さな銀髪がひょっこりと頭を見せた。


「は、初めましてなのデスよ」


 ぶわっと部屋の雰囲気が、一気に華やいだ気がした。


 三つ編みにした銀髪に、大きく澄んだ蒼い瞳。

 ほんのり桜色に透けた白い肌は、陶磁器のように滑らかだ。

 メイド服が似合いすぎていて怖い。


「……ッ!」


 目を見開いたシェリー嬢が、無言で固まっている。

 自身も十分に美少女と称されるシェリー嬢にとってさえ、新人メイドの愛らしさは衝撃的だったのだろう。

 新人メイドの方も、さらさらの金髪を伸ばしたシェリー嬢の姿を目にすると、耳まで真っ赤になって廊下に引っ込んでしまった。


 呆然としていたシェリー嬢が正気を取り戻すまで、一拍の時を要した。


「何だ今のはっ? でたらめに可愛かったぞ! あれが妖精というやつなのかっ?」


 興奮したシェリー嬢が、廊下を指さしながら捲し立てる。

 思いの外に好評を得たようで、メイド長は満足そうに微笑んだ。


 正直なところ容姿の端麗さで言えば、シェリー嬢も負けてはいない。

 しかし、子供らしい初々しさが、新人メイドの魅力をかさ上げしていた。

 恥じらう仕草と表情が、見る者の庇護欲をかき立てるのだ。


 戻って来ない新人メイドに、メイド長が催促する。


「こら、いつまで引っ込んでるの? 早く入ってきなさい」


「いやいや! シェリー嬢様、ほとんど下着姿なのデスよっ?」


 確かに寝起きでベビードール姿のシェリー嬢は、ほとんど半裸だ。

 ただ、シェリー嬢にとって着替えや入浴をメイドに手伝わせることは、日常生活の一部でしかない。

 ペットや掃除道具に裸を見られたところで、恥ずかしくないのと同じ感覚だった。


 今の状況で、恥ずかしがっているのはシェリー嬢ではなく、新人メイドだ。

 このままでは埒が明かない。

 仕方なくメイド長は、魔法の言葉を呟いた。


「不法侵入罪」


「ひいっ!」


「不敬罪並びに、異端取締法違反」


「わ、分かったのデスよ!」


 青ざめたシャルロが、おずおずと部屋に戻ってくる。

 さながら怯えた小動物みたいだ。

 そんな様子もまた可愛い。

 シャルロの襟首を掴んで、ベッドにいるシェリー嬢の前に差し出した。


「はい、ご挨拶」


「シャルロと言うのデス。これからよろしくなのデスよ」


 シャルロと名乗った新人メイドが、ぺこりと会釈する。

 その頬をぺちぺちと、シェリー嬢が小さな手でなで回した。

 シャルロはもう、されるがままだ。


「すごいな。幻ではなく本当に実体があるのか。触り心地もすべすべだ」


 お嬢様はすっかり興味津々といったご様子だ。

 何事にも無関心で、世界を冷めた目で眺めていたシェリー嬢にしては、とても珍しいことだった。


「その言葉の訛り、帝国人ではないな?」


「はい、わたしは王国出身なのデスよ。

 それよりシェリー嬢様、顔を近付けすぎなのデス」


「ふむ、そうか」


 頬を赤らめるシャルロとは対照的に、シェリー嬢は平然としたものだ。

 唐突にシェリー嬢は、ぺろりとシャルロの鼻先を舐めた。


「はわわっ!」


「おや、すまない」


 目を白黒させて、腰を抜かすシャルロ。

 自分のしでかしてしまった行為が理解出来ず、シェリー嬢が小首を傾げた。

 何かの違和感を感じつつ、それが自分でも理解出来ていないのだろう。


 そろそろ種明かしをしておいた方が良さそうだ。

 メイド長がひとつ咳払いをする。


「ああ、そうそう。シャルロちゃんとじゃれ合う前に、ひとつだけ留意いただきたいことがあります」


「む?」


「実はシャルロちゃん、男の子らしいですよ?」


 にっこりと衝撃発言をするメイド長。

 もちろんシェリー嬢がすぐに信じるはずもなかった。


「何だと?」


 身を乗り出したシェリー嬢に、驚いたシャルロが後退る。

 そのままバランスを崩して、ベッドから転げ落ちる二人。

 結果として仰向けに倒れたシャルロに、シェリー嬢は馬乗りになっていた。


「いやいやいや、おかしいだろう! 私は騙されないぞ!」


 混乱したシェリー嬢が、一切の躊躇なくシャルロの胸を揉みしだく。

 そしてメイド長を見上げて真顔で告げた。


「柔らかい!」


「そんな訳がないのデスよーーーーっ」


 シェリー嬢に乗られたまま、シャルロが否定する。


 ちなみにどうしてシャルロがメイド姿なのかと言うと、別にメイド長の趣味という訳ではない。

 採用が急だったせいで、男の子向け制服の用意が間に合わなかったからだ。

 しかし、これほど似合っているのだから、最初からメイド服以外の選択肢などなかったようにも思う。


「ふふ。僅差ではあるが、胸の大きさは私の勝ちだな」


「そこで勝ち誇られても! そもそもわたしには、胸ないデスから!」


 じたばた暴れるシャルロだったが、シェリー嬢の下からは抜け出せない。

 両股でがっちりホールドされていた。


「あの、シェリー嬢様、そろそろ解放してほしいのデスよ?」


「レディに対して重いとは失礼だな」


「そうではなくて! 色々と密着して、大変なことになってるデスから!」


 シャルロのお腹に、シェリー嬢のショーツと太股がダイレクトに密着している。

 ところがシェリー嬢はまるで頓着しなかった。


「何だろう、征服感が心地良いな?」


「メイド長さん! メイド長さんも黙って見てないで、止めるべきなのデスよ!」


 止める訳がない。

 メイド長は幼い美少女が大好きだ。

 それが二人も揃って絡み合いをしている。

 まさにここは天国。

 すっかりメイド長の意識は、妄想の世界へと誘われていた。


「こうなったら力尽くなのデスよ!」


 シャルロがシェリー嬢の脇腹に手を伸ばす。

 くすぐり作戦だ。

 子供らしい発想と言える。

 その指先が触れた途端、シェリー嬢から小さな吐息が漏れた。


「ひゃんっ」


「へ、変な声を上げないで下さいなのデス!」


 慌てて手を引っ込めるシャルロ。

 もう耳まで真っ赤になって、大変なことになっている。

 作戦は失敗。

 むしろ反撃の口実を呼び込んだ意味では、完全に逆効果だった。


「むふふ、使用人の分際で良くもやってくれたな。この屋敷の主人が誰なのか、その身体に教え込んでやる」


「ぎゃーーーーっ! シェリー嬢様がご乱心なのデスよっ」


 仕返しとばかりに、シェリー嬢がシャルロの身体中を弄り始める。

 頬を上気させて鼻息を荒くするシェリー嬢の姿は、何かと残念だった。


「ちょっと待つのデス! 何でメイド服まで脱がそうとするデスか!」


「いや、本当に男の子なのか確認しておかないとな」


「それなら自分で脱ぐデスから! ひとまず離れて下さいなのデスよ!」


「まあ遠慮するな」


「脱ぐのは上だけデスからっ! 下はっ、下は絶対にダメーーっ!」


 必死にスカートを抑えるシャルロと、脱がせようとするシェリー嬢。

 瞳を輝かせるシェリー嬢は、今まで見せたことがないほど生き生きとしていた。


 やはりメイド長が見込んだ通りだ。

 クールに澄ましているよりも、年相応に無邪気な笑顔を見せてくれた方が、シェリーお嬢様は愛らしい。

 賭けでもあったシャルロの採用は、間違いではなかったようだ。


「どうやら気に入っていただけたようですね」


 じゃれ合う子供二人を、メイド長は慈しむような微笑で見守る。

 聖母のような眼差しだったが、鼻血を抑えている時点で何もかもが台無しだった。


「ひゃあ! そこは触っちゃいけないのデス!」


「ちょっとだけ! ちょっとだけだから!」


「目が真剣すぎて怖いのデスよっ? すっかり変態さんなのデス!」


 こうしてヘイウッド邸に、メイドくんは雇われることになった。

 シャルロ本人も、このような展開は予想していなかっただろう。

 メイド長の思い付きが、屋敷の運命を大きく変えることになっていく。

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