表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失敗作の物語  作者: しょ
6/14

第5話 消せない失敗

 その日は――やけに、静かだった。


 風も弱く、焚き火の音も小さく、失敗者の集落には奇妙な"無音"が広がっていた。まるで、世界全体が息を潜めているかのような、不自然な静けさ。


「……静かすぎないか?」


 俺がそう言うと、セラが人型のシルエットをゆっくりと回転させて周囲を見回す。


「うん。"世界のノイズ"が、消えてる」


「ノイズ?」


「普段は、どんな場所にも微細な修正ログが流れてる。世界を最適化するための、絶え間ない調整。でも今は……」


 セラは、そこで言葉を切った。人型のシルエットが、わずかに震える。


「君の周囲だけ、真空状態」


 その瞬間――背筋が、凍りついた。


【警告】

【観測対象:ユウト】

【状態:隔離処理開始】


「……来たな」


 ミラが、即座に槍を構える。その動きに、一切の迷いはない。


「全員、下がって!」


 だが――誰も、動けなかった。


 なぜなら、俺の周囲だけが、空間そのものが歪んでいたから。


 集落の風景が、まるでガラス越しに見るように遠ざかっていく。音も、匂いも、温度も――全てが、薄れていく。まるで、世界から切り離されていくかのように。


「……え?」


 俺の声だけが、やけに大きく響いた。空虚な空間に反響する。


【個体指定修正開始】

【対象:ユウト】

【理由:逸脱要素の中核】


 セラの姿が、少しずつぼやけていく。輪郭が曖昧になり、まるで霧の中にいるかのように。


「ユウト……! これ、エリア修正じゃない……!」


 必死の声。


「個人単位だ!」


 ミラが、必死に俺へと手を伸ばす。その顔には、恐怖が浮かんでいた。


「掴まって! 連れて行かせない!」


 だが――


 彼女の手は、俺の腕をすり抜けた。


 触れることができない。まるで、俺が幽霊になったかのように。


「……触れない?」


「空間ごと、切り離されてる……!」


 セラの声が、遠くなる。


 世界は、俺だけを"別のレイヤー"に移動させていた。存在する次元そのものを、変えようとしている。


【転送先:観測層】

【処理内容:存在の再評価】


 視界が、完全に白く染まった。


 そして――


 気づいたとき、俺は"何もない場所"に立っていた。


 地面も、空も、壁もない。

 ただ、無限に広がる白。


 女神の部屋とも違う。あれは、まだ"部屋"という概念があった。でもここには、何もない。概念すら存在しない、ただの虚無。


「……またかよ」


 声を出すと、自分の声だけが妙に響く。エコーのように、何度も何度も反響する。


【観測層へようこそ】

【対象個体:ユウト】

【役割:テストケース】


「……やっぱり、実験だったか」


 心の奥底では、分かっていた。でも、改めて突きつけられると――胸が、重くなる。


「で? 今度は何だ」


 虚無に向かって、問いかける。


 そのとき――


 白い空間に、黒い線が走った。


 線は増殖し、複雑に絡み合い――やがて、形を成していく。


 それは――"俺自身"の姿だった。


 だが、表情がない。目も、口もない。のっぺりとした、マネキンのような存在。


【観測体】

【役割:最適化モデル】

【備考:世界が望む"正解のユウト"】


「……俺の、完成形?」


 観測体が、無機質な声を発した。


「ユウト。君は不要だ」


 感情のない、機械的な声。


「世界は、成功例で構築される。君の存在は、統計的に"無駄"である」


 淡々と、事実を告げるように。


「失敗は、参考データとしては有用だが、永続化する必要はない」


 つまり――


「……俺は、もう役目を終えたって?」


「そうだ」


 観測体は、一歩近づく。その動きは滑らかで、でもどこか不気味だった。


「君が存在することで、世界の最適化効率は低下する。リソースの無駄遣いだ」


「よって――」


【処理提案】

【個体削除】


「……ああ、なるほど」


 俺は――笑った。乾いた、空虚な笑い。


「世界にとって、俺は"バグのログファイル"か」


「正確だ」


 観測体が頷く。


「記録は残す。データは保存する。だが、実体は不要。それが最も効率的な処理」


 観測体が、また一歩近づく。


「安心しろ。苦痛はない。"存在していなかったこと"になるだけだ」


 それは――この世界における、最大の死。


 誰にも覚えられず、誰にも影響を与えず、最初から"いなかったこと"になる。記憶からも、記録からも、全てが消える。


「……ミラも、セラも」


 胸が、きゅっと締めつけられる。


「俺のこと、忘れるんだよな」


「そうだ」


 観測体は、何の躊躇もなく頷いた。


「それが、世界にとって最も合理的な結論だ」


 一瞬だけ――心が、揺れた。


 ここで消えれば、誰も傷つかない。

 集落も守られる。

 ミラも、セラも、失敗者たちも、平穏に暮らせる。


「……正解だよな」


 理屈では、そうだ。合理的で、効率的で、誰も損をしない。


 でも――


「それでもさ」


 拳を、ぎゅっと握る。


「俺は、もう知っちゃったんだよ」


 焚き火の暖かさ。

 失敗者たちの、控えめな笑い声。

 ミラの、真剣な目。

 セラの、少し皮肉混じりの声。


 全てが、鮮明に蘇る。


「世界が"無駄"って言うものの中に――」


 はっきりと、言い切った。


「俺の居場所があるってことを」


 観測体が、初めて動きを止めた。ほんの一瞬だけ、処理が遅れたかのように。


「……感情的判断だ。非効率的で、非合理的」


「そうだよ」


 即答した。


「だから、俺は消えない」


 一歩、踏み出す。白い床――床と呼べるものがあるのかも分からないが――を踏みしめる。


「世界が正しいなら、俺はとっくにいないはずだった」


「でも――」


 もう一歩。


「まだここにいる」


 拳を握りしめる。


「それだけで、世界の計算は間違ってる」


【《失敗作エラー》反応】

【観測層にて起動可能】


 頭が、熱を持ち始める。あの感覚。痛みの前触れ。


「……観測層まで来たのは、想定外だろ」


 観測体が、わずかに後退する。初めて見せた、防御的な動き。


「警告。ここは、再定義不可領域――」


「関係ない」


 俺は、観測体を真っ直ぐに指差した。


「お前が"正解の俺"なら――」


 深く、息を吸う。


「俺は――」


【《失敗作エラー》強制実行】

【対象:観測体】

【内容:役割上書き】


 世界が――ノイズを上げた。


 ビリビリと、空間そのものが震える。白い虚無が、揺らぐ。


【観測体】

【旧役割:最適化モデル】

【新役割:失敗例の保存記録】


 観測体の輪郭が、崩れ始めた。まるで、砂の彫刻が崩れていくかのように。


「――保存……?」


 初めて、観測体の声に困惑が混じった。


「そうだ」


 俺は、静かに――でも、はっきりと言った。


「俺は消えない」


 拳を、さらに強く握る。


「消えるのは――"俺を消そうとした世界の答え"だ」


 白い空間が、ひび割れた。


 ガラスが砕けるような音。いや、音ではない。概念そのものが、壊れていく感覚。


 観測体は――データの塊となって、崩壊した。


【観測ログ更新】

【個体削除処理:失敗】

【想定外進行レベル:臨界】

【警告:システム安定性が危機的状況】


 視界が、激しく反転する。


 強い光。

 耳鳴り。

 全身を貫く浮遊感。


 ――次の瞬間。


 俺は、集落の地面に倒れ込んでいた。


 土の匂い。草の感触。空気の温度。

 全てが、戻ってきた。


「ユウト!!」


 ミラが、真っ先に駆け寄る。その顔には、涙が浮かんでいた。


 セラが、震える声で言う。


「戻って……きた……本当に、戻ってきた……」


 俺は、仰向けのまま空を見上げた。


 いつもと同じ青。

 でも、もう分かる。この空の向こうに、何があるのか。


「……今ので」


 かすれた声で言った。


「世界、俺を消せなかった」


 セラが、静かに答える。


「うん」


 でも、その声には重みがあった。


「でも、代わりに――」


 ミラが、俺の手を強く握る。その手は、温かかった。


「もう、隠せなくなった」


 セラが、続きを言った。


「ユウト。君は今――」


【状態更新】

【個体:ユウト】

【分類:修正不能例】


「"消せない失敗"として、世界に正式に登録された」


 俺は――苦笑した。


「最悪の称号だな」


 でも。


 焚き火の音が聞こえる。

 誰かの、安堵の声が聞こえる。

 ミラの手の温度が、伝わってくる。


「……悪くない」


 世界にとってのバグ。

 修正不能。

 削除不可。


「失敗作としては――最高の評価じゃん」


 こうして――世界は、俺を消すことに失敗した。


 だが同時に、もう二度と無視できなくなった。

 俺という存在を、認めざるを得なくなった。


 物語は、ここから完全に変わる。


 勇者の物語ではない。

 神々の計画でもない。


 「ユウト」という"消せない失敗"を中心に――世界そのものが、書き換えられていく。


 これはもう、実験じゃない。


 世界 vs 俺。


 その戦いが――正式に、始まった。


 風が吹く。

 焚き火の炎が揺れる。

 そして俺は、ゆっくりと立ち上がった。


 まだ、戦いは続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ