エピローグ
それから、一年が経った。
季節は巡り、世界は確かに変わった。システムの支配から解放された世界は、予測不能で、混沌としていて――そして、生き生きとしていた。
俺――ユウトは、かつて「失敗者の集落」と呼ばれた場所の入口に座っていた。今では、誰もがここを「自由の村」と呼ぶ。
木製のベンチに腰を下ろし、空を見上げる。
雲が流れている。形はバラバラで、規則性もない。でも、それがいい。かつてのような"完璧すぎる青空"ではなく、本物の空だ。
「ユウト、また一人でぼーっとしてるのか」
聞き慣れた声。振り返ると、アレクが笑顔で近づいてくる。
彼は変わった。いや、正確には――元に戻ったのかもしれない。勇者としての堅苦しさが消え、ただの青年として、自然な笑顔を浮かべている。
「ぼーっと、か」
俺も笑う。
「まあ、そうかもな」
「相変わらずだな」
アレクが隣に座る。二人で、しばらく無言で空を見上げた。
風が吹く。心地よい、春の風。
「なあ、ユウト」
アレクが、ふと言った。
「一年前のこと、たまに夢に見るんだ」
「神と対峙したときのこと?」
「ああ」
アレクは、自分の手を見つめる。
「あの時、俺たちは本当に世界を変えられるのか、不安だった」
「でも――」
村を見回す。
「やれたんだな」
村には、様々な人々が暮らしていた。
元失敗者たち。彼らは今、自分の得意なことを活かして生きている。片腕の剣士は、子供たちに剣術を教えていた。呪い扱いされた魔法使いの少女は、その力で村の畑を豊かにしていた。
そして――新しい住人たちも増えていた。
かつて王都で暮らしていた人々。種族の違う者たち。職業も、年齢も、背景もバラバラ。でも、みんな同じものを求めてここに来た。
自由を。自分らしさを。
「アレク、カイン!」
リアの声が響く。彼女は訓練場の方から手を振っていた。
「訓練、始めるぞ!」
アレクが、立ち上がる。
「お、もうそんな時間か」
「訓練って、まだやってるのか」
「ああ」
アレクは、剣に手を当てる。
「もう勇者じゃないけど、剣は好きだからな」
「それに――」
真剣な目になる。
「この平和を守るためにも、力は必要だ」
その言葉に、俺は頷いた。
世界システムが変わっても、危険は消えたわけじゃない。魔物はまだいるし、時には争いも起きる。でも、それを「世界の意志」に任せるのではなく、自分たちで解決していく。それが、新しい世界のルールだ。
「じゃあな、ユウト」
「ああ、頑張れよ」
アレクが駆けていく。その背中は、軽やかだった。
俺は再び、空を見上げる。
「一人が好きなの?」
今度は、別の声。
振り返ると、ミラが立っていた。槍は持っておらず、代わりに買い物袋を抱えている。銀色の髪が、風に揺れていた。
「好きってわけじゃないけど」
俺は、隣の席を叩く。
「座るか?」
「うん」
ミラが座る。袋からパンを取り出し、一つ俺に差し出した。
「はい、お昼ご飯」
「ありがとう」
二人で、パンを齧る。素朴な味。でも、温かい。
「この村、すごく変わったわね」
ミラが、しみじみと言う。
「一年前は、みんな諦めた顔をしてた」
「自分たちは失敗者だって、受け入れてた」
「でも今は――」
村を見渡す。
子供たちが走り回り、商人が声を上げ、職人が作品を作っている。笑い声が、そこかしこから聞こえてくる。
「みんな、生きてる」
ミラの声が、少し震える。
「本当に、生きてる」
俺は、ミラの肩に手を置いた。
「お前のおかげでもあるんだぞ」
「え?」
「あの時、俺を守ってくれただろ」
神との戦いの時のことを思い出す。
「あれがなかったら、俺は神を書き換えられなかった」
ミラが、照れたように笑う。
「……当たり前じゃない」
「だって、ユウトが先に、私たちを守ってくれたんだから」
その言葉が、胸に染みた。
そうだ。俺は、この村を守った。でも、俺一人じゃ無理だった。みんながいたから、できたんだ。
「ミラ」
「ん?」
「ありがとう」
ミラが、目を丸くする。
「……急にどうしたの?」
「いや、ちゃんと言ってなかったなって」
ミラは、しばらく黙っていた。
そして――小さく笑った。
「……こっちこそ、ありがとう」
二人で、また空を見上げる。
雲が流れていく。その形は、二度と同じにはならない。
「ユウトー!」
今度は、セラの声。
人型のシルエットが、ふよふよと漂ってくる。以前より、少し大きくなった気がする。
「何だ、セラ」
「村長が呼んでるわよ」
「村長?」
ああ、元神の老人のことか。
神から人間になった彼は、今ではこの村の長を務めている。世界の仕組みを誰よりも知る彼は、村人たちに慕われていた。
「何の用だ?」
「さあ? でも、カインも呼ばれてるって」
カイン。彼も、この一年で大きく変わった。
最初は戸惑いばかりで、自分が何者なのか分からず苦しんでいた。でも、アレクや村の人々と過ごすうちに、徐々に自分を取り戻していった。
今では、村の警備隊の一員として働いている。
「分かった、行くよ」
立ち上がると、ミラとセラも一緒についてくる。
村長の家――かつての集落の中心にある、小さな家に向かった。
扉を開けると、カインがすでに待っていた。
「ユウト、来たか」
「呼ばれたからな」
奥から、村長が現れる。老人の姿。でも、その目には深い知恵が宿っている。
「来てくれたか、ユウト、カイン」
「それで、話って?」
村長は、テーブルに地図を広げた。
「実はな、最近――」
地図の一点を指す。
「ここで、奇妙な現象が起きているという報告があった」
「奇妙な現象?」
カインが、身を乗り出す。
「ああ。空間の歪み、時折現れる光の柱――」
村長は、真剣な顔で続ける。
「まるで、かつての"世界のバグ"のような現象だ」
俺は、眉をひそめた。
「でも、システムは変わったんだろ?」
「ああ、変わった」
村長は頷く。
「だが、世界は完璧にはならなかった」
「というより――」
俺を見る。
「君たちが選んだ道は、"不完全を許容する"道だ」
「つまり、これからも予期せぬ問題は起こる」
カインが、剣に手を当てる。
「それを、俺たちが解決するんですね」
「そうだ」
村長は、微笑む。
「もう、世界システムが自動で修正することはない」
「人々が、自分たちで解決していく」
「それが――」
窓の外を見る。
「この世界の、新しいルールだ」
俺は、地図を見つめた。
不完全な世界。問題が起こり続ける世界。
でも――それでいい。
完璧なシステムより、不完全でも自分たちで作る世界の方が、ずっといい。
「分かった」
俺は、カインを見る。
「行くか」
「ああ」
カインが、力強く頷く。
「アレクも誘おう」
「それと、リアたちも」
村長が、嬉しそうに笑う。
「頼もしいな」
「君たちがいれば、この世界は大丈夫だ」
その言葉に、俺は少し照れた。
「……大げさだろ」
「いや、本当だ」
村長は、真剣な目で言う。
「世界を変えたのは、君たちの勇気だ」
「そして、これから世界を守っていくのも――」
「君たちのような、普通の人々だ」
家を出ると、夕日が村を照らしていた。
オレンジ色の光が、家々を、人々を、優しく包んでいる。
「綺麗だな」
カインが、呟く。
「ああ」
俺も頷いた。
この景色を、守りたい。
完璧じゃないけど、温かいこの世界を。
「ユウト」
後ろから、声がした。
振り返ると、アレク、ミラ、セラ、リア、エルナ、レイ――みんなが集まっていた。
「聞いたぞ。新しい事件だって?」
アレクが、ニヤリと笑う。
「また冒険だな」
「冒険、か」
俺も、笑い返す。
「悪くないな」
セラが、人型のシルエットを揺らす。
「じゃあ、準備しないとね」
ミラが、槍を担ぐ。
「今度こそ、怪我しないでよね」
リアたちも、武器を構える。
「任せろ」
「俺たちがいれば、大丈夫だ」
俺は――仲間たちを見回した。
かつて、俺は一人で転生してきた。
失敗作として、削除予定として。
でも、今は違う。
仲間がいる。信じ合える仲間が。
「じゃあ、行くか」
全員が、頷く。
俺たちは、新しい冒険へと歩き出した。
夕日を背に。仲間と共に。
これが、俺たちの世界。
失敗作が作った、不完全で、でも美しい世界。
物語は終わらない。
なぜなら――
完璧じゃない世界では、物語は永遠に続くから。
それが、俺たちが選んだ未来だ。
遠くで、誰かの笑い声が聞こえた。
子供たちが遊ぶ声。商人が呼び込む声。職人が槌を打つ音。
生活の音。生きている音。
俺は、深く息を吸った。
空気が、うまい。
生きていることを、実感できる。
「なあ、みんな」
俺は、歩きながら言った。
「この世界、気に入ってる?」
「当たり前だろ」
アレクが、即答する。
「俺たちが作った世界だぞ」
「気に入らないわけがない」
カインも、笑う。
「俺も同じだ」
「初めて、自分の意志で生きられる場所だから」
ミラが、優しく言う。
「ここは、私の居場所」
セラが、揺れる。
「私たち全員の、居場所よ」
リア、エルナ、レイも、口々に言う。
「最高の場所だ」
「ずっと、ここにいたい」
「みんなと一緒に」
俺は――胸が熱くなった。
これだ。これが、俺が探していたもの。
完璧じゃない。
問題も起こる。
困難もある。
でも――
仲間がいて、笑い声があって、生きている実感がある。
それが、何より大切だ。
「そうだな」
俺は、空を見上げた。
星が、瞬き始めている。
「この世界、最高だ」
みんなが、笑った。
そして、俺たちは――新しい冒険へと、歩き続けた。
失敗作たちの物語は、これからも続く。
完璧じゃないからこそ、美しい物語が。
これにて完結です。ここまで読んでくださってありがとうございます。評価感想いただけると嬉しいです。




