第12話 完璧じゃない世界
王都の広場に、異様な静寂が広がっていた。
民衆は逃げ、兵士たちは恐怖で動けず、ただ神と――俺たち三人だけが、そこに立っていた。
神は、光の中から俺たちを見下ろしている。その存在感は圧倒的で、見ているだけで全身が警告を発する。
「……予測不能領域」
神の声が、空間に響く。
「貴様らは、世界の計算を超えた」
「だからどうした」
俺は、神を睨み返す。
「計算できないなら、俺たちを消せないってことだろ」
神が――笑った。
それは、人間の笑いではない。システムが出すノイズのような、不気味な音。
「消せないわけではない」
光が、強まる。
「ただ――消した後の影響が、予測できないだけだ」
「つまり?」
アレクが、剣を構える。
「世界が、壊れるかもしれないってことか?」
「そうだ」
神は、淡々と答える。
「貴様らは、世界の"バグ"ではない」
「世界の"構造"そのものに組み込まれてしまった」
セラが、震える声で言う。
「それって……」
「ああ」
神は、俺たちを指差す。
「貴様らを消せば、世界システムが崩壊する」
カインが、呟く。
「……なら、俺たちは無敵じゃないか」
「いや」
ミラが、槍を握りしめる。
「逆よ」
神を睨む。
「世界ごと、消すつもりなんでしょう?」
神は――頷いた。
「正解だ」
空気が、凍りつく。
「世界ごと……?」
レイが、信じられないという顔で聞き返す。
「この世界を、全部?」
「そうだ」
神は、何の躊躇もなく答えた。
「システムが破損したなら、リセットして作り直す」
「それが、最も効率的だ」
俺は――拳を握りしめた。
「……お前、この世界に何人いると思ってる」
「数字は把握している」
神は、冷たく答える。
「人間:約一千万」
「亜人種:約三百万」
「その他生物:測定不能」
「それを、消すのか?」
アレクが、怒りを込めて叫ぶ。
「それが、効率的だから」
神は、何の感情もなく答えた。
「失敗したプロジェクトは、破棄して作り直す」
「それが、神の役割だ」
その瞬間――俺の中で、何かが切れた。
「……ふざけるな」
一歩、踏み出す。
「お前、神のくせに何も分かってない」
神の光が、揺れる。
「何だと?」
「この世界の人間は、データじゃない」
俺は、はっきりと言った。
「生きてる」
「感情がある」
「夢がある」
ミラを見る。セラを見る。アレクの仲間たちを見る。
「失敗者の集落の人たちも、王都の民衆も――」
「全員、本物の人間だ」
神が、首を傾げる。
「それが、何だというのだ」
「システムの一部に過ぎない」
「違う!」
カインが、叫んだ。
俺も、アレクも、驚いて振り返る。
カインは――涙を流していた。
「俺も、最初はそう思ってた」
「自分は、世界のための道具だって」
「でも――」
俺とアレクを見る。
「こいつらに会って、分かった」
「俺は、道具じゃない」
「人間だ」
剣を、構える。
「だから――」
神を睨む。
「お前を、許さない」
アレクも、隣に並ぶ。
「同じく」
俺も、二人の間に立つ。
「俺たちは――」
三人、声を揃える。
「この世界を、守る」
神が――初めて、感情らしきものを見せた。
困惑。理解不能。そして――
「……愚かだ」
光が、爆発的に膨れ上がる。
「貴様らごときが、神に逆らうと?」
圧倒的な力が、放たれる。
光の奔流。避けられない。防げない。
だが――
「させない!」
セラが、俺たちの前に立ちはだかった。
「セラ!?」
人型のシルエットが、巨大化する。
「私は、元チュートリアル敵」
「ユウトに書き換えられて、仲間になった」
光を受け止める。その身体が、軋む。
「だから――」
振り返って、笑う。
「ユウトの邪魔は、させない!」
「セラ……!」
ミラも、前に出る。
「私は、失敗者」
槍を構える。
「でも、ユウトがここを守ってくれた」
光に向かって、突き進む。
「だから、今度は私が守る番!」
「ミラ!」
リア、エルナ、レイも、武器を構える。
「俺たちも!」
「アレクを信じてついてきた!」
「ここで終わらせるわけにはいかない!」
全員が――神の光に立ち向かう。
俺は――その背中を見て、気づいた。
これが、世界の真実だ。
失敗も、成功も、全部含めて――人は生きている。
完璧じゃないから、美しい。
欠けているから、支え合える。
「……なるほどな」
俺は、《失敗作》を起動した。
だが、今回の対象は――神ではない。
【対象:世界システム全体】
セラが、驚いて振り返る。
「ユウト!? 何を――」
「世界を、書き換える」
はっきりと、宣言した。
「神が管理するシステムじゃなく――」
「人が生きるための、世界に」
アレクが、目を見開く。
「それって……」
「ああ」
俺は頷いた。
「禁書庫で見た、もう一つの方法だ」
【世界再構築:失敗を許容するシステムへの変換】
カインが、叫ぶ。
「でも、それには世界の核にアクセスしないと――」
「いや」
俺は、空を見上げる。
「核は、ここにある」
神を指差す。
「こいつが、核だ」
神が――初めて、動揺を見せた。
「貴様……まさか……」
「ああ」
俺は、《失敗作》を全力で起動した。
【対象:神(世界管理システムの中核)】
【処理:役割の再定義】
頭が、割れそうに痛む。
これまでで、最大の負荷。意識が、遠のきそうになる。
だが――
「ユウト!」
アレクが、俺の肩を掴む。
「一人で背負うな!」
カインも、反対の肩を掴む。
「俺たちも、手伝う!」
二人の意志が、流れ込んでくる。
役割を持たない、純粋な意志。
それが、《失敗作》を強化する。
【想定外エラー】
【三つの意志が統合】
【システム書き換え:実行可能】
俺たちは――神を、書き換えた。
【神】
【旧役割:世界管理システム/完璧性の維持】
【新役割:世界観測者/多様性の許容】
光が――変わった。
冷たく、無機質だった光が――温かく、柔らかいものに変化していく。
神の姿が、人間に近づく。
顔が現れる。目が、鼻が、口が。
そして――神は、初めて"表情"を見せた。
困惑。驚き。そして――安堵。
「……これは」
神が、自分の手を見つめる。
「私は……何だ?」
「神だよ」
俺は、笑った。
「でも、もう世界を管理する存在じゃない」
「見守る存在だ」
神が――ゆっくりと、膝をついた。
「見守る……」
その目から、光の滴が落ちる。
涙。
「私は、ずっと……」
声が震える。
「ずっと、苦しかった」
「完璧を維持しなければならない」
「失敗を許してはいけない」
「それが、私の役割だった」
顔を上げる。
「でも――」
俺たちを見る。
「貴様らは、私を解放した」
立ち上がる。
光が、完全に人間のそれに変わる。
そこに立っていたのは――一人の、老人だった。
優しい目をした、穏やかな老人。
「ありがとう」
その言葉が、心に染みた。
「俺たちも、ありがとう」
アレクが、笑う。
「お前が変わってくれたおかげで――」
空を見上げる。
空が、変わっていた。
作り物のような青空ではなく――本物の、自然な空。
「世界が、変わった」
セラが、呟く。
「システムが……書き換わってる……」
【世界システム更新】
【新規則:失敗の許容】
【新規則:多様性の尊重】
【新規則:個の意志の優先】
ログが、次々と流れる。
そして――最後に。
【魔王システム:削除】
【勇者システム:削除】
【強制イベント:全て削除】
カインが、目を見開く。
「勇者システムが……消えた?」
「ああ」
元神――老人が、微笑む。
「もう、勇者は必要ない」
「魔王もいない」
「あるのは――」
俺たちを見る。
「自分の意志で生きる、人々だけだ」
ミラが、槍を下ろす。
「……終わったの?」
「ああ」
俺は、深く息を吐いた。
「世界は、変わった」
民衆が、恐る恐る姿を現し始める。
「何が……起きたんだ?」
「勇者様は?」
「神は?」
アレクが、彼らに向かって言った。
「もう、勇者はいない」
「神も、人間になった」
「これからは――」
笑顔を見せる。
「みんなで、この世界を作っていく」
民衆は、困惑していた。
でも――やがて、一人が拍手をした。
それが広がり、やがて歓声に変わる。
「新しい世界だ!」
「自由な世界だ!」
俺は――仲間たちを見回した。
セラ、ミラ、アレク、カイン、リア、エルナ、レイ。
そして、元神の老人。
「……俺たち、やったな」
「ああ」
全員が、笑った。
世界を、救った。
完璧なシステムではなく――不完全でも、人が生きられる世界に。
これが、失敗作たちの物語。
完璧じゃないから、美しい。
欠けているから、価値がある。
そんな世界の、始まりだった。




