第11話 勇者と神
禁書庫を出て、二日が経った。
俺たちは、失敗者の集落へと戻る道を歩いていた。世界の最上層に向かう前に、準備が必要だ。情報を整理し、装備を整え――そして、覚悟を決める。
「……静かだな」
アレクが、周囲を見回しながら呟く。
「ああ」
俺も頷いた。妙に静かすぎる。
鳥の声もない。風の音もない。まるで、世界全体が息を潜めているかのような――
その時だった。
空が、光った。
眩い、金色の光。それは天から一直線に降り注ぎ、地平線の彼方――王都の方角に突き刺さった。
「……来たか」
セラが、低い声で呟く。
「新しい勇者」
ミラが、槍を握りしめる。
「予想より早い……」
【新勇者召喚完了】
【名称:カイン】
【役割:魔王討伐】
【状態:完全制御型】
俺の視界に、冷たいログが流れる。
「完全制御型……?」
「つまり」
セラが、苦い顔で説明する。
「世界が完全にコントロールできる勇者」
「アレクみたいに、疑問を持たない」
「命令に、絶対服従する」
アレクが、拳を握る。
「……人形ってことか」
「そう」
セラは頷いた。
「世界は、もう失敗しない」
「今度の勇者は――」
視線を、王都の方角に向ける。
「間違いなく、"ユウト"を最優先ターゲットにする」
レイが、弓を構える。
「どうする? 逃げるか?」
「いや」
俺は、首を振った。
「逃げても無駄だ。世界が導線を引く」
「なら――」
アレクが、前に出る。
「会いに行こう」
「は?」
全員が、驚いた顔で振り返る。
「会いに行くって、お前……」
「敵なんだぞ?」
アレクは、真剣な目で言った。
「だからこそだ」
「俺も、最初は世界に操られてた」
「でも、ユウトに会って変われた」
俺を見る。
「なら、今度は俺が――新しい勇者を変える番だ」
その言葉に、俺は思わず笑った。
「……お前、本当に元勇者か?」
「今は、ただの冒険者だ」
アレクも、笑い返す。
「でも、だからこそ自由に動ける」
ミラが、ため息をつく。
「無茶だけど――」
「悪くない作戦ね」
セラも、人型のシルエットを揺らす。
「でも、危険よ」
「完全制御型の勇者は、話が通じない可能性がある」
「分かってる」
アレクは頷いた。
「でも、やる価値はある」
リアが、剣を抜く。
「なら、私たちも行く」
エルナとレイも、頷く。
「当然だ」
「アレク一人に、危険な真似はさせない」
俺は――仲間たちを見回した。
皆、覚悟を決めた顔をしている。
「……分かった」
「じゃあ、王都に向かう」
こうして、俺たちは方向を変えた。
世界の最上層ではなく――まず、新しい勇者のもとへ。
*
王都は、祝祭に沸いていた。
通りには旗が掲げられ、人々は歓声を上げ、楽隊が勇ましい曲を奏でている。
「勇者様万歳!」
「魔王を倒してくださる!」
「世界を救ってくださる!」
民衆の声が、響き渡る。
俺たちは、人混みの中を進んだ。フードを深く被り、目立たないように。
「……前に来た時と、同じだな」
アレクが、苦笑する。
「俺が召喚された時も、こんな感じだった」
「気分は?」
「最悪」
即答だった。
「あの頃の俺は、何も知らなかった」
「世界の真実も、自分の役割も」
拳を握る。
「でも、今は違う」
城の前に、人だかりができていた。
そして――その中心に、彼がいた。
新しい勇者、カイン。
金髪碧眼。整った顔立ち。完璧な立ち姿。まるで、理想の勇者を具現化したかのような存在。
だが――その目には、何もなかった。
感情も、意志も、疑問も。
ただ、与えられた役割を遂行する――人形の目。
「……あれが」
アレクが、呟く。
「俺が、なり得た姿か」
カインは、民衆に向かって宣言した。
「私は勇者カイン」
「魔王を討ち、この世界に平和をもたらす」
声は力強く、でも感情がない。まるで台本を読んでいるかのような。
「そして――」
カインの目が、鋭くなる。
「世界を脅かす異常存在、ユウトを排除する」
民衆がざわつく。
「ユウト?」
「誰だそれは?」
「魔王の手先か?」
俺は――フードの下で、苦笑した。
「早速、指名手配か」
セラが、囁く。
「世界、容赦ないわね」
その時――カインの視線が、こちらに向いた。
一瞬。
ほんの一瞬だけ、目が合った。
カインの目が――わずかに、揺れた。
「……今の」
アレクが、息を呑む。
「見えた?」
「ああ」
俺も頷いた。
「あいつ、俺に気づいた」
カインが、剣に手をかける。
民衆が、道を開ける。
静寂が、落ちる。
そして――カインが、一歩踏み出した。
「そこにいるのは――」
声が、響く。
「異常存在、ユウトだな」
周囲が、騒然となる。
「何だと!?」
「魔王の手先がここに!?」
「逃げろ!」
人々が逃げ惑う。
俺は――フードを脱いだ。
「ああ、そうだ」
はっきりと名乗る。
「俺がユウトだ」
カインは、剣を抜いた。
完璧な構え。隙のない立ち姿。
「世界の命令により――」
「貴様を、ここで排除する」
その言葉に、俺は首を傾げた。
「排除? 討伐じゃなくて?」
カインの目が、わずかに揺れる。
「……排除だ」
「ふーん」
俺は、一歩近づく。
「つまり、俺は魔王じゃないってことだな」
カインが、剣を構え直す。
「黙れ」
「いや、大事なことだろ」
さらに近づく。
「お前の任務は魔王討伐のはずだ」
「でも、世界は俺を"排除対象"と呼んだ」
「つまり――」
カインの目を見る。
「俺は、魔王じゃない」
カインが、一瞬だけ動きを止めた。
その隙に、アレクが前に出る。
「カイン」
その声は、穏やかだった。
「俺はアレク。元勇者だ」
カインの目が、大きく揺れる。
「元……勇者?」
「ああ」
アレクは、剣を抜かない。
「俺も、お前と同じだった」
「世界に召喚されて、勇者として目覚めて、魔王討伐を命じられた」
一歩、近づく。
「でも、俺は疑問を持った」
「この世界は、本当に正しいのかって」
「そして――」
俺を指差す。
「こいつに出会った」
カインは、俺とアレクを交互に見る。
「……お前たちは、敵のはずだ」
「世界が、そう定義した」
「世界の定義が、絶対か?」
アレクが、問いかける。
「お前は、自分で考えたことはないのか?」
「考える……?」
カインの声が、わずかに震える。
「私は、勇者だ」
「世界の命令に従うのが、役割だ」
「じゃあ、お前は人形か?」
アレクの声が、強くなる。
「命令されるだけの、意志のない存在か?」
カインが――剣を、下ろした。
「私は……」
その目に、初めて感情が浮かぶ。
困惑。葛藤。そして――
「私は、何なんだ……?」
その瞬間――空が、鳴った。
【警告】
【勇者カインに逸脱兆候】
【再調整を実行します】
「まずい!」
セラが叫ぶ。
カインの全身が、光に包まれる。
「っ、ああああ!」
カインが、頭を抱えて叫ぶ。
「やめろ……やめてくれ……!」
俺は――迷わず、カインに駆け寄った。
「ユウト!」
ミラが止めようとするが、振り切る。
カインの肩を、掴む。
「カイン! 聞こえるか!」
カインが、苦しそうに俺を見る。
「お前は……」
「俺は失敗作だ」
はっきりと言う。
「世界に逆らって、生き残った」
「お前も――」
強く、肩を握る。
「世界の命令を拒否できる!」
カインの目が、大きく揺れる。
「でも……私は……」
「お前は、人間だ!」
俺は、叫んだ。
「人形じゃない! 道具でもない!」
「自分で、考えて、選べる!」
その瞬間――《失敗作》が、反応した。
【《失敗作》自動起動】
【対象:カイン】
【処理:制御解除】
「え……?」
自動起動?
今まで、そんなことは――
【理由:対象に"自我の芽生え"を検知】
【世界の制御を上書き可能】
俺は――迷わず、実行した。
【制御解除実行】
【カイン:完全制御型→自律型】
光が、消える。
カインが、地面に倒れ込む。
「カイン!」
アレクが、駆け寄る。
カインは――ゆっくりと、顔を上げた。
その目には――明確な、意志があった。
「……俺は」
かすれた声で、呟く。
「俺は、何も分からない」
涙が、頬を伝う。
「でも――」
俺とアレクを見る。
「お前たちは、敵じゃない気がする」
アレクが、手を差し伸べた。
「なら、一緒に来い」
「答えを、探そう」
カインは――その手を、握った。
「……ああ」
その瞬間――空が、激しく鳴動した。
【緊急事態】
【二人の勇者が逸脱】
【最終手段を起動します】
セラが、悲鳴を上げる。
「最終手段……!?」
空に、巨大な亀裂が走る。
そこから現れたのは――
神。
文字通り、神だった。
人の形をしているが、その存在感は圧倒的。光そのもので構成され、見ているだけで膝が震える。
「――逸脱要素、複数確認」
神の声が、世界に響く。
「ユウト、アレク、カイン」
「三つの"想定外"が接触」
「これ以上の放置は、世界崩壊のリスクあり」
神の手が、こちらに向けられる。
「よって――」
圧倒的な力が、集約される。
「全て、削除する」
俺は――アレクとカインを見た。
二人も、俺を見る。
そして――三人同時に、笑った。
「来るぞ」
「ああ」
「……面白くなってきた」
三人の"想定外"が、手を繋ぐ。
世界が、震える。
神の攻撃が、放たれようとした――その瞬間。
【エラー】
【三つの想定外が共鳴】
【予測不能領域発生】
【神の介入:一時停止】
神が――動きを止めた。
「……何だと?」
初めて、神の声に困惑が混じる。
「予測不能領域……?」
「そんなものが、存在するはずが――」
俺は、笑った。
「存在するんだよ」
「失敗作と、二人の元勇者が組めば」
「世界は、もう俺たちを計算できない」
神が――初めて、恐怖を見せた。
「貴様ら……」
「ああ」
俺たちは、声を揃えて言った。
「俺たちは、世界の外側だ」
こうして――戦いは、新たな段階に入った。
神そのものとの、直接対決へ。




