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失敗作の物語  作者: しょ
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第10話 禁忌の図書館

 失敗者の集落を出て、三日が経った。


 俺たち――ユウト、アレク、ミラ、セラ、そしてアレクの仲間たち――は、地図にない道を進んでいた。


「……本当に、こっちでいいのか?」


 弓使いのレイが、不安そうに周囲を見回す。


 森は深く、光も届かない。木々は不自然に捻じれ、まるで何かから逃げるように成長していた。


「ああ」


 セラが、先頭を漂いながら答える。


「魔王の情報があるとすれば、"世界が隠した場所"にある」


「世界が隠した場所……」


 剣士のリアが、剣を握りしめる。


「具体的には?」


「禁書庫」


 俺が答えた。


「世界にとって都合の悪い情報を、全部押し込めた場所」


 アレクが、地図を見ながら眉をひそめる。


「でも、そんな場所、どの地図にも載ってない」


「当然だ」


 ミラが、槍を肩に担ぎながら言う。


「載せたら、誰かが行ってしまう」


「だから――」


 セラが、立ち止まった。


「見えた」


 俺たちも、足を止める。


 森の奥――そこに、建物があった。


 石造りの塔。古く、苔むして、今にも崩れそう。でも、確かにそこに在る。


「……あれが?」


 回復魔法使いのエルナが、息を呑む。


「不気味……」


「当然よ」


 セラが、真剣な声で言う。


「あそこには、世界が"なかったことにしたい歴史"が全部ある」


 俺たちは、慎重に塔に近づいた。


 入口には、扉がない。ただ、暗い穴が口を開けているだけ。


「……罠、ありそうだな」


 レイが、弓を構える。


「いや」


 アレクが、首を振る。


「罠はない。だって――」


 塔を見上げる。


「世界は、ここに誰も来ないと思ってる」


 その言葉に、俺は頷いた。


「地図にもない。導線もない。普通なら、絶対に辿り着けない場所」


「だから――」


 一歩、踏み出す。


「無防備なんだ」


 塔の中は、予想以上に広かった。


 壁一面に、本棚。天井まで続く、無数の書物。でも、どれも埃まみれで、読まれた形跡がない。


「すごい……」


 エルナが、小さく呟く。


「こんなに本があるのに……」


「全部、忘れられてる」


 セラが、一冊の本を手に取る。


「これは――"最初の勇者の記録"」


「最初の勇者?」


 アレクが、驚いた顔で聞く。


「俺以前にも、勇者がいたのか?」


「いたわ。何十人も」


 セラは、本をパラパラとめくる。


「でも、全員――」


 ページを見せる。


 そこには、一行だけ書かれていた。


【任務失敗。削除済み】


 沈黙が落ちる。


 アレクの顔が、青ざめた。


「……削除?」


「そう」


 セラは、本を棚に戻す。


「世界にとって、失敗した勇者は不要」


「だから消して、次を召喚する」


 俺は、拳を握った。


「……システムだな」


「人間じゃなく、部品」


 ミラが、槍を握る手に力を込める。


「こんなの……」


 その時、塔の最奥から声が聞こえた。


「よく、ここまで来たね」


 全員が、一斉に武器を構える。


 暗闇の奥から、ゆっくりと人影が現れた。


 老人。長い白髪、深い皺。だが、その目は――驚くほど鋭かった。


「……誰だ?」


 アレクが、剣を構える。


 老人は、穏やかに笑った。


「私は、この図書館の管理者」


「いや――」


 自嘲的に続ける。


「元管理者、かな」


「世界に捨てられた、失敗作の一人だよ」


 その言葉に、俺は目を見開いた。


「失敗作……?」


「ああ」


 老人は、ゆっくりと近づいてくる。


「私は、かつて"大賢者"と呼ばれていた」


「勇者のパーティーの一員として、魔王討伐に向かった」


「でも――」


 立ち止まる。


「私は、気づいてしまったんだ」


「魔王の正体に」


 空気が、張り詰める。


 俺は、一歩踏み出した。


「……魔王の正体?」


「教えてくれるのか?」


 老人は、俺をじっと見つめた。


「君が、ユウトだね」


「《失敗作エラー》の持ち主」


「……知ってるのか?」


「ああ」


 老人は、頷く。


「君のことは、この図書館の本に記されている」


「"未来の記録"としてね」


 セラが、驚いた声を上げる。


「未来の記録……!?」


「そう」


 老人は、奥の書棚を指差す。


「世界は、全てを記録している」


「過去も、現在も――そして、未来も」


「つまり――」


 俺の背筋が、凍る。


「俺たちの行動も、全部?」


「いや」


 老人は、首を振った。


「君が現れてから、未来の記録は"白紙"になった」


 一冊の本を取り出す。


 そのページは――全て、真っ白だった。


「世界は、君の行動を予測できない」


「だから――」


 老人は、微笑んだ。


「君は、この世界で唯一の"自由な存在"なんだ」


 アレクが、前に出る。


「じゃあ、俺は?」


 老人は、アレクを見る。


「君も同じだ」


「"役割を持たない勇者"」


「世界が最も恐れる、予測不能な存在」


 老人は、二人を見比べる。


「二人が出会ったことで、世界の未来は完全に不確定になった」


 セラが、震える声で聞く。


「それって――」


「ああ」


 老人は、静かに答えた。


「今、この世界は"物語が書けない状態"になっている」


「勇者も、魔王も、結末も――全て、予測不能」


 俺は、深く息を吸った。


「……なら、教えてくれ」


「魔王の正体を」


 老人は、しばらく黙っていた。


 そして――


「魔王は、存在しない」


 その一言が、空気を凍らせた。


「……は?」


 アレクが、信じられないという顔で聞き返す。


「存在しない?」


「ああ」


 老人は、本棚の一冊を取り出す。


「これを見るといい」


 そのタイトルは――【世界構造の真実】


 老人がページを開くと、そこには図が描かれていた。


 世界の構造図。

 層になっていて、最下層には――


「……"バグ蓄積層"?」


 俺が、読み上げる。


「そう」


 老人は、図を指差す。


「この世界は、完璧なシステムとして作られた」


「でも、完璧なシステムなど存在しない」


「必ず、バグが生まれる」


「失敗が生まれる」


「そして――」


 老人の指が、最下層を示す。


「それらは全て、最下層に蓄積される」


 ミラが、息を呑む。


「まさか……」


「ああ」


 老人は、はっきりと言った。


「世界は、その"バグの蓄積"を"魔王"と呼んでいる」


 沈黙。


 重く、長い沈黙。


 俺は――全てが繋がった気がした。


「……だから、討伐しようとするのか」


「失敗を消すために」


「正確には」


 老人が続ける。


「"失敗を認めないために"だ」


「魔王という悪を作り、勇者に倒させる」


「そうすることで――」


「世界は自分の不完全さを、隠せる」


 アレクが、拳を壁に叩きつけた。


「ふざけるな……!」


 その声は、怒りに震えていた。


「じゃあ、俺たち勇者は何だったんだ!?」


「世界の失敗を隠すための道具か!?」


 老人は、悲しそうに頷いた。


「そうだよ、少年」


「勇者は、世界にとっての"掃除道具"」


「失敗を片付けるための、使い捨ての存在」


 アレクが、膝をついた。


「……嘘だろ……」


 リアが、慌てて支える。


「アレク……!」


 俺は――老人に聞いた。


「なら、どうすればいい?」


「魔王を倒しても、意味がないなら」


「この世界を、どうやって救う?」


 老人は――じっと、俺を見つめた。


「救う?」


 その声には、驚きが混じっていた。


「君は、まだこの世界を救おうと思っているのか?」


「……当たり前だろ」


 俺は、はっきりと答えた。


「ここには、生きてる人間がいる」


「失敗者の集落の人たちも」


「ミラも、セラも、アレクの仲間たちも」


「全員、生きてる」


 拳を握る。


「システムが腐ってても、人は本物だ」


「だから――」


 老人を見据える。


「この世界を、本当の意味で救う方法を教えてくれ」


 老人は――初めて、心からの笑顔を見せた。


「……そうか」


 立ち上がり、奥の部屋を指差す。


「なら、あれを見せよう」


「この図書館で、最も重要な本を」


 俺たちは、老人について奥の部屋へと進んだ。


 そこには、一冊だけ――台座に置かれた本があった。


 金色の装丁。タイトルは――


【世界再構築の書】


「これは……」


 セラが、息を呑む。


「世界を作り直す方法が、書かれている」


 老人が、静かに言った。


「ただし――」


 本を開くと、最初のページにはこう書かれていた。


【警告:この書を実行する者は、世界から永遠に消去される】


 俺は――その文字を、じっと見つめた。


「……つまり、世界を救うには」


「誰かが、犠牲になる」


「そうだ」


 老人は、頷いた。


「世界を再構築するには、"核"が必要」


「それは、世界に存在しながら、世界の外側にいる者」


「つまり――」


 老人は、俺を見る。


「君のような、失敗作だ」


 アレクが、叫ぶ。


「待ってくれ!」


「それじゃ、ユウトが消えるってことか!?」


「そうだ」


 老人は、容赦なく答える。


「でも、それが唯一の方法」


 俺は――ゆっくりと、本に手を伸ばした。


「ユウト!」


 ミラが、俺の腕を掴む。


「ダメ……そんなの……」


 セラも、震える声で言う。


「別の方法を探そう……まだ時間はある……」


 でも、俺は――


「いや」


 本を手に取った。


「これが、俺の役目だったんだ」


 アレクが、涙を浮かべて叫ぶ。


「やめろ! お前がいなくなったら――」


「大丈夫だ」


 俺は、笑った。


「まだ、実行するわけじゃない」


「でも――」


 本を、しっかりと握る。


「これが答えなら、覚悟は決めとく」


 老人が、小さく笑った。


「……賢明だね」


「でも、一つだけ言っておこう」


「何だ?」


「その本には、もう一つの方法も書かれている」


 俺は、目を見開いた。


「もう一つ……?」


「ああ」


 老人は、本の最後のページを指差す。


「世界を再構築するのではなく――」


「世界の"ルール"そのものを、書き換える方法が」


 そのページには、こう書かれていた。


【失敗を許容するシステムへの変換】


「……これなら」


 セラが、希望を込めて言う。


「誰も犠牲にならない……?」


「ああ」


 老人は頷いた。


「でも、それには――」


「世界の"核"に、直接アクセスする必要がある」


 俺は、決意を込めて聞いた。


「どこにある?」


 老人は――天を指差した。


「世界の最上層」


「神々が住む場所」


 こうして、俺たちの目的地が決まった。


 世界の最上層――神々の領域。


 そこで、システムそのものを書き換える。


 それが、この世界を救う、本当の方法だ。

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