第9話 世界の反撃
空が――割れた。
文字通り、空が割れた。まるでガラスにひびが入るように、青い空に黒い亀裂が走る。
「っ……!」
俺とアレクは、反射的に手を離した。
その瞬間、亀裂から何かが溢れ出す。光でも闇でもない、概念そのものが形を持ったかのような――異質な存在。
【緊急修正発動】
【対象:想定外接触の分離】
【方法:強制イベント挿入】
セラの声が、悲鳴のように響く。
「来る――! これ、エンフォーサーじゃない!」
「じゃあ何だ!?」
ミラが叫ぶ。
亀裂が広がり――そこから、"何か"が降りてきた。
人型。
だが、エンフォーサーとは明らかに違う。
全身が光で構成され、その輝きは神々しく、でも恐ろしいほど冷たかった。顔はなく、ただ人の形をした光の塊。
【イベントボス生成】
【名称:調停者】
【役割:物語の強制修正】
「イベントボス……!?」
アレクが、剣に手をかける。
調停者――その存在が、声を発した。いや、声ではない。世界そのものが語りかけてくるような、圧倒的な"意志"。
「――逸脱を確認」
「勇者と異常個体の接触」
「物語構造の崩壊リスク:高」
淡々と、事実を告げる。
「よって――強制分離を実行する」
その瞬間、調停者の手が――光の刃となった。
速い。
見えない。
だが、アレクは反射的に剣を抜いて受け止めた。
ガキィン!
金属音が響く。いや、それ以上の音。空間そのものが軋む音。
「っ、重い……!」
アレクが、膝を曲げる。その額に、汗が浮かぶ。
「これ、レベルが違う……!」
調停者が、再び腕を振り上げる。
俺は――考えるより先に、動いていた。
「アレク、下がれ!」
前に出て、《失敗作》を起動する。
【対象:調停者】
【処理:役割再定義――】
だが――
【エラー】
【対象は"イベント"として生成されています】
【個体ではなく"現象"のため再定義不可】
「っ、無理だと!?」
調停者の光の刃が、俺に向かって振り下ろされる。
その瞬間――
ミラが、槍で割り込んだ。
「させるか!」
槍と光の刃がぶつかり――ミラが、大きく吹き飛ばされる。
「ミラ!」
地面に叩きつけられ、動かない。
セラが、必死に彼女に駆け寄る。
「ミラ! しっかりして!」
調停者は――何の感情もなく、次の攻撃に移る。
「勇者は保護対象」
「異常個体は削除対象」
光の刃が、俺に向かってくる。
避けられない。
だが――
「させない!」
アレクが、俺の前に立ちはだかった。
剣で、光の刃を受け止める。
「アレク!?」
「黙ってろ!」
歯を食いしばりながら、叫ぶ。
「お前を殺させるわけにはいかない!」
調停者が――初めて、動きを止めた。
「――警告」
「勇者が異常個体を庇護」
「これは想定外行動」
光が、強まる。
「修正レベルを上昇」
調停者の全身から、さらに強い光が溢れ出す。その圧力だけで、地面にひびが入る。
アレクの仲間たちが、武器を構える。
「アレクを守れ!」
「でも、あいつ何なんだよ!?」
「分からない! とにかく戦うしかない!」
剣士の少女が斬りかかる。
弓使いが矢を放つ。
回復魔法使いが、アレクに補助魔法をかける。
だが――全てが、調停者に届かない。
光の障壁が、全ての攻撃を弾く。
「っ、無理だ……!」
「どうすれば――」
その時、セラが叫んだ。
「ユウト! 調停者は"イベント"よ!」
「個体じゃなくて、現象!」
「つまり――」
俺の頭の中で、何かが繋がった。
「個体を書き換えるんじゃなく――」
調停者を見る。
「イベントそのものを、書き換える!」
セラが、必死に頷く。
「でも、それは――」
「今までで一番、負荷が高い!」
分かってる。
分かってるけど――
「やるしかないだろ!」
俺は、調停者に向かって走る。
「ユウト!」
アレクが叫ぶ。
「無茶するな!」
「お前もだろ!」
叫び返して――調停者の目の前まで走る。
光の刃が、振り下ろされる。
その瞬間――俺は、《失敗作》を全力で起動した。
【《失敗作》強制実行】
【対象:イベント"強制分離"】
【処理:イベント目的の再定義】
頭が――爆発するかと思った。
これまでで、最も強い痛み。視界が真っ白になり、耳鳴りが響く。
でも――止まらない。
「っ、ああああああ!」
意識を、深く深く沈める。
【イベント:強制分離】
【旧目的:勇者と異常個体の接触阻止】
【新目的:――】
何にする。
何に書き換える。
その時――アレクの声が聞こえた。
「ユウト! 俺も手伝う!」
振り返ると、アレクが俺の隣に立っていた。
「お前、何を――」
「分からない!」
アレクは、笑った。
「でも、お前が世界と戦ってるなら――俺も一緒に戦う!」
その手が、俺の肩を掴む。
「二人なら、何かできるはずだ!」
その瞬間――不思議なことが起きた。
アレクの"意志"が、俺のスキルに流れ込んでくる。
役割を持たない勇者の、純粋な意志。
それが、《失敗作》と共鳴した。
【想定外エラー】
【二つの"想定外"が接触】
【システム予測不能】
俺は――その力を使って、イベントを書き換えた。
【新目的:観測】
調停者が――動きを止めた。
光の刃が消え、ゆっくりと俺たちから離れる。
「――目的変更を確認」
「削除から観測へ」
「理由:不明」
調停者は、俺たちをじっと見つめた。感情のない視線。
「観測を継続」
それだけ言い残し――空の亀裂へと戻っていった。
亀裂が閉じる。
光が消える。
静寂が、戻ってくる。
俺は――その場に、崩れ落ちた。
「ユウト!」
アレクが支える。
「おい、大丈夫か!?」
「……ギリギリ、な」
かすれた声で答える。
セラとミラが駆け寄ってくる。ミラは意識を取り戻したようだった。
「ユウト……無茶しすぎよ……」
ミラの声が、震えている。
「でも、成功した」
セラが、信じられないという顔で言う。
「イベントを書き換えるなんて……」
「しかも、アレクと一緒に……」
アレクの仲間たちも、呆然としている。
「何が……起きたんだ?」
「分からない……でも、助かった……」
俺は、アレクを見上げた。
「……お前、すごいな」
「は?」
「お前の意志が、俺のスキルを強化した」
ゆっくりと立ち上がる。
「役割がないってことは――」
「世界の制約を受けないってことだ」
アレクが、自分の手を見つめる。
「……そういうことか」
「俺、ずっと疑問だったんだ」
拳を握る。
「なぜ、勇者なのに自由を感じないのかって」
「でも、逆だったんだな」
俺を見る。
「俺は勇者じゃないから――自由なんだ」
その言葉に、俺は笑った。
「じゃあ、これからどうする?」
「世界は、お前を勇者として動かそうとする」
「魔王討伐の旅を、続けさせようとする」
アレクは――迷わず答えた。
「断る」
はっきりと。
「俺は、世界の脚本に従わない」
「魔王が本当に悪なのかも、分からないのに討伐なんてできない」
剣を鞘に収める。
「それに――」
俺に手を差し出す。
「お前と一緒に、この世界の真実を確かめたい」
俺は、その手を――握った。
「歓迎するよ、アレク」
セラが、小さく笑う。
「これで本当に、物語は壊れたわね」
ミラも、槍に寄りかかりながら言う。
「勇者が魔王討伐を放棄……」
「世界、どうするんだろうね」
その答えは――すぐに来た。
空から、声が降ってきた。
世界そのものの声。
【通告】
【勇者アレク:任務放棄】
【新勇者の召喚を開始します】
「……は?」
アレクが、目を見開く。
「俺、クビ?」
【あなたは"勇者"ではなくなりました】
【新たな勇者が、間もなく降臨します】
俺は――笑うしかなかった。
「世界、容赦ないな」
「勇者が使えないなら、新しいの作るのかよ」
アレクも、どこか清々しい顔で笑う。
「まあ、いいか」
「元々、勇者なんてガラじゃなかったし」
その時、セラが真剣な顔で言った。
「でも、これで確定したわ」
「何が?」
「世界は、"勇者"というシステムを動かし続ける」
「誰がやるかは関係ない」
「つまり――」
セラは、空を見上げる。
「次の勇者は、完全に世界に操られた存在になる」
沈黙が落ちる。
重い、重い沈黙。
俺は――拳を握った。
「なら、やることは一つだ」
「次の勇者が来る前に――」
アレクを見る。
「俺たちで、魔王を見つける」
アレクが、目を輝かせる。
「……本当の魔王を?」
「ああ」
俺は頷いた。
「世界が隠してる真実を、全部暴く」
「そして――」
空を見上げる。
「この世界が、本当に救うべき価値があるのか確かめる」
ミラが、槍を構え直す。
「私も行く」
セラも、頷く。
「当然でしょ」
アレクの仲間たちも、顔を見合わせてから言った。
「俺たちも、ついていく」
「アレクが選んだ道なら」
アレクは――嬉しそうに笑った。
「ありがとう、みんな」
そして、俺に手を差し出す。
「改めて、よろしく」
俺も、その手を握る。
「ああ、よろしく」
こうして――
失敗作と、元勇者の旅が始まった。
世界が隠した真実を暴くために。
物語の外側を歩くために。
新しい勇者が降臨する前に――俺たちは、動き出す。
これは、もう誰の物語でもない。
俺たちが選んだ、俺たちだけの道だ。
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