絡め取る者(前)
張られている。
それだけで、足を止める理由には十分だった。
夜の空気が、わずかに歪む。
風の流れが、途中で断ち切られている。
「……動くな」
レイザーが、低く言う。
「もう中心だ」
その言葉が終わるより早く、
空気が鳴った。
何かに、触れた。
見えない。
だが確実に、そこにある。
足元から這い上がる違和感。
絡みつく予感。
私は跳ぶ。
地面を蹴る感覚を、空を蹴る動きに切り替える。
だが、完全には抜けない。
――遅れた。
足首に、冷たい感触。
「動くと、切れちゃうよ?」
声がした。
近い。
闇の中から、少女が姿を現す。
若い。
華奢だ。
だが――目が違う。
楽しんでいる。
確実に。
「あなた、いい匂い」
視線が、私の体をなめまわす。
露骨に。
値踏みするように、執拗に。
「……イト」
レイザーが、名前を呼ぶ。
彼女はくすりと笑った。
「なに?」
「Lv2だぞ」
その言葉に、イトは肩をすくめる。
「私はLv3でも良いのよぉ?」
その瞬間だった。
アイズが、わずかに震える。
【対戦Lv:3 合意申請】
私からの申請。
一瞬、イトの目が見開かれ――
次の瞬間。
暗闇の中でも、はっきりと分かった。
蕩けるような表情。
身を震わせながら、
彼女は迷いなく、同意する。
「……最高」
空気が、切り替わった。
世界が、当事者だけのものになる。
私は一歩も近づかない。
「はじめましょう」
イトは、愉しそうに唇を歪めた。
「始めよう」
糸が、動く。
見えない糸が、層になって迫る。
上下、左右、斜め。
逃げ道を潰す配置。
(きれいだ)
忍術に、近い。
自由を奪う構成。
順番も、正しい。
けれど――
結論が違う。
私は、袖の中から巻物を引き抜いた。
保存の巻物。
燃やさない。
開く。
そこから、無数の投擲具が溢れ出す。
手裏剣。
クナイ。
手手裏剣。
間を置かず、連投。
空気を裂く音が重なる。
「……その程度?」
イトは、余裕の笑みを崩さない。
見えているものだけを、糸で絡め取る。
正確。
巧妙。
絶対の自信。
投擲物は、すべて途中で止まる。
だが。
その動作に紛れて、
私は小さく息を吸い――
吹いた。
吹き矢。
音もなく、
気配もなく。
ほんの僅かな隙間を縫い、
それはイトの体を穿った。
小さな穴。
痛みはない。
いつ射られたのかすら、分からない。
イトは、気にも留めない。
次のフェーズへ、躊躇なく移る。
糸を操りながら、笑う。
「そんな地味な攻撃、私には効かないから!」
さらに、確信を込めて告げる。
「もう既に、貴女の行き場はないわよ」
その言葉と同時に。
私の投擲が、すべて終わる。
そして――
罠が、起動した。




