イト
夜の街は、昼よりも輪郭が曖昧だった。
広場の光は遠く、
豆腐みたいな建物の影が、意味もなく重なっている。
レイザーは足を止め、何もない空間にアイズを走らせた。
緑の線が走り、
直方体の構造が一瞬で組み上がる。
――豆腐小屋。
一人用の、簡素な箱。
風雨を防ぐだけの最低限の造りだ。
「今日は、ここで」
中に入ると、
レイザーは慣れた動作で追加のアセットを呼び出した。
簡単な椅子。
簡易ベッド。
どちらも、私用ではない。
私のための配置だ。
私は何も言わず、壁際に腰を下ろす。
忍びは、言葉より先に環境を見る。
小屋の中は、狭いが問題ない。
視界が切れる。
外の気配が薄れる。
「……糸使いの情報だな?」
レイザーが、火球を小さく灯しながら言った。
道中でも、少しずつ聞いてはいた。
それでも、まだ吐ききっていない顔だ。
私は、巻物を広げながら答える。
「足りないところを」
レイザーは、短く鼻で笑った。
「十四。女。
施設を出てすぐ、初心者狩りに巻き込まれた一人だな」
私は、紙の感触を確かめる。
「名前は?」
「イト」
その名を、私は心の中で反復する。
「元々、糸を使ってたやつだ。
施設内では目立つ、分かりやすい糸のアセットを使っていたそうだ」
派手。
視認性重視。
見せるための構成。
「外に出てから、方向が変わった」
レイザーの声が、少しだけ低くなる。
「見えない糸に、全部振った」
私は、巻物に細い印を入れる。
「視認できない。
触れて初めて、張られていたと分かる」
「対策が遅れる」
「そう」
レイザーは、火球の位置を調整した。
「何のアセットで対処すればいいか、
判断してる間に罠が重なる」
一本じゃない。
層になる。
「自由を奪う」
私が言うと、
レイザーは一拍置いて、続けた。
「服を剥がす。
そして評価する」
空気が、少しだけ重くなる。
「相手の体をなめ、評価をしてくる。
……ふざけてるようで、本気だ」
私は、視線を上げない。
奪われるのは、自由だけじゃない。
自分が“物”として扱われる感覚。
心が、削られる。
「Lv2が主だ。
だが、そろそろLv3を欲しがってる」
「強度は?」
即答が返ってくる。
「異常だ」
そして、言い直す。
「糸の一本一本が、洗練されている。
切れない。
燃えにくい。
引きちぎれない」
ジャンル特化。
それだけに、深い。
「俺は、相手にしたくねえ」
カウンターと相性が悪い。
それだけで、十分な理由だ。
私は、最後の巻物に仕込みを入れる。
アセットではない。
その場で魔法として生み出した紙に、
物理的に加工を施していく。
折る。
削る。
印を入れる。
緑の線が消えたあとも、
巻物は物として存在している。
レイザーは、その様子を黙って見ていた。
「……お前、本当に、そんな準備をするんだな」
声に、わずかな緊張が混じる。
その巻物が、
いつ暴走してもおかしくないことを、
彼は理解している。
私は、最後の一枚を畳む。
「終わり」
外は、さらに静かになっていた。
夜は、糸に都合がいい。
視認性が落ち、
人の動きも減る。
「固定の狩り場は持たない。
張れる場所なら、どこでも使う」
レイザーの言葉を、頭の中で整理する。
「必ず夜」
私は立ち上がる。
「今夜だね」
レイザーが、目を細めた。
「……ああ」
小屋を出る。
豆腐みたいな建物の影が、
重なり合って、境界を溶かす。
広場は避ける。
人の流れの外へ。
忍びと、狩り手が好む場所。
数歩進んだところで、
空気が、わずかに張りつめた。
見えない。
だが――
張られている。
レイザーが、足を止める。
「……来てるな」
私も、感じていた。
糸だ。
私は、袖の中の巻物に指をかける。




