情報
レイザーは、少し後ろを歩いていた。
付き添い――という言葉が、一番近い。
並んで歩くには距離がある。逃げるには近すぎる。
彼は時折、無意識に足首を確かめるような仕草をした。
封印。
あの戦いのあと、レイザーの得意な“逃げ道”は削られた。
テレポートも、位置入れ替えも、重力も、火のオーラも、跳躍も。
彼の戦い方そのものが、今は眠っている。
だから、歩き方が少しだけ不自然になる。
それを見て、私は思う。
(武器がないと、人は遅くなる)
忍びは、武器がなくても遅くならない。
武器を持っていると思われた時点で、すでに計算が狂うからだ。
私は振り返らずに言った。
「ダストって、なに?」
レイザーは一瞬だけ黙った。
答えるかどうか迷うというより、どう答えれば面倒が減るか考えている顔だ。
「……組織じゃねえよ」
吐き捨てるように言って、続ける。
「同じ趣味の集まり。
初心者狩りが好きなやつらが、勝手に集まってるだけ」
趣味。
狩り。
この世界では矛盾しない。
「名前は勝手についた。
目立たない場所で、ゴミみてぇなことしてるからだろ」
「自覚はあるんだ」
「あるからやってる」
レイザーは肩をすくめた。
悪びれない。誇らない。
ただ、そういう生き方を選んだというだけの顔。
私は、次の質問を投げる。
「どれくらいいる?」
「固定で動いてるのは十数人。
入ったり抜けたりする雑魚まで入れたら、もっとだ」
「強いのは?」
レイザーは鼻で笑った。
「俺くらい強いのは、そうそういねえ」
言い切ってから、少しだけ言葉を足す。
「……まあ、上はいる。
“狩り”じゃなくて、“遊び方”そのものが歪んでるやつがな」
名前を挙げろ、と言わなくても、レイザーは勝手に吐き出した。
言わないと、次の申請が飛んでくると思っているのかもしれない。
「たとえば――」
彼は指を折りながら言う。
「音で殺すやつ。
見えない糸で動かすやつ。
触れたら終わりの毒を“娯楽”って顔で撒くやつ。
あと……一番厄介なのは、場を作るやつだ」
「場?」
「ルールを塗り替えるタイプ。
相手の得意を意味なくする。
……お前みたいな」
最後の一言だけ、声が小さくなった。
私は、確認するように頷く。
「じゃあ、その数名を順番に」
「は?」
レイザーが目を見開いた。
私は淡々と言う。
「一人ずつ、やっていこう」
会議はいらない。
計画はいらない。
情報だけで十分だ。
レイザーは、口を開けて閉じた。
何か言い返したいのに、言葉が出ない顔。
「……お前さ」
ようやく絞り出した声は、苛立ちに近い。
「普通、そういうのって……仲間集めたり、準備したり……」
「準備はしてる」
私は袖の奥に触れる。
巻物の束。
刃物。紐。粉末。煙。
「これ以上は、現地で」
レイザーは、顔をしかめた。
「……あー、もう。分かったよ」
しぶしぶ、という言い方がぴったりの口調だった。
「付き添う。
ただし、俺はLv3には同意しねえからな。絶対だ」
「分かってる」
私は、あえて何も言わない。
それ以上言えば、彼の精神が擦り減る。
擦り減った相手は、使いづらくなる。
忍びは、道具を壊しすぎない。
しばらく歩くと、街の景色が変わった。
豆腐みたいな建物が、また増える。
中途半端に凝った内装が途中で放棄されていたり、
壁の色だけ派手にして飽きたまま開けっ放しだったり。
この世界の「自由」が、形だけ残っている。
そして、遠くには広場。
人が集まっている。
光が跳ねる。
歓声が上がる。
(あそこは違う)
忍びが立つ場所じゃない。
見せるための空間は、見られるための罠になる。
私は広場から視線を外した、その瞬間。
視界に赤い表示が割り込んだ。
《警告:空腹度が低下しています》
「……」
足を止める。
体の内部が淡々と管理されていることを、こういう時に思い出す。
飢えが感情を持つ前に、通知が先に来る。
私は袖から、小さな黒い丸薬を取り出した。
忍び飯。
少量で動ける。
味は終わっているが、効率がいい。
口に運ぼうとしたところで、レイザーが言った。
「待て」
「?」
「さすがに、それはない」
真剣な顔だった。
この世界の住民にしては珍しい表情。
「……効率いい」
「効率の話じゃねえ」
レイザーは、吐き捨てるように言ってから、少しだけ言い直した。
「それ、味しねえだろ。
噛む必要もねえだろ。
……生きてる感じ、消えるぞ」
生きてる感じ。
そんなものを、この世界で気にする人がいるのか。
「食事は資源がある限り自由に調達できる」
「だからって、丸薬で済ませるやつは少ねえ」
「少ない?」
「少ないというか……趣味じゃねえ」
レイザーは、面倒そうに指を鳴らした。
「俺が作る。
……今だけだぞ」
「料理?」
「そう」
言いながら、彼はアイズを開く。
緑の線が走り、空間に“道具”が浮かんだ。
取っ手のないフライパン。
宙に浮く。角度も高さも、ぴたりと固定される。
次に、卵。
ベーコン。
トースト。
バター。
全部、アセット。
必要な形に、必要な量だけ。
「ここまでできるなら、最初から『非常に美味しいパン』でいい」
私が言うと、レイザーは鼻で笑った。
「それは“出来上がり”だろ」
彼は、手を軽く振る。
空中で停止する火球が現れ、フライパンの下に収まった。
火力は一定。距離も一定。揺れない。
ベーコンが落ちる。
油が弾ける音。
「……音がする」
思わず口に出ていた。
施設の中でも食材は学んだ。
味も知っている。
でも、こういう工程はあまり見なかった。
この世界では、工程に価値がない。
完成品が出せるなら、それで終わる。
レイザーは、卵を割る。
黄身が広がる。
熱で形が変わる。
「こうした方がうまく感じる」
彼はそれだけ言って、ひっくり返した。
トーストは宙に浮かせたまま、火球の熱で焼く。
バターが溶けて、香りが広がる。
(香り……)
空腹度の数値が下がっているだけだった体が、
初めて「食べたい」という感情を持ち始める。
出来上がった皿はない。
そもそもこの世界では皿すら必須じゃない。
レイザーは、空中で整えたまま、私の前に滑らせた。
「ほら」
私は丸薬をしまい、ベーコンを一口。
噛む。
塩気。
脂の香り。
熱。
「……美味しい」
言葉は短くなった。
レイザーは、少しだけ口元を歪めた。
満足、というより――確認。
「ちゃんと反応するか」を見ている顔だ。
「だろ」
彼はトーストにバターを落として、自分もかじった。
「この世界、味に困らねえ。
でも、“うまく感じる”ためにわざわざやるやつは少ない」
「なぜやる」
「理由?」
レイザーは一瞬考えて、肩をすくめた。
「……暇つぶし」
そして付け足す。
「あと、勝ち続けても満たされねえ時がある。
そういう時は、こういうのが効く」
魔法対戦で満たされる男が、
それでも足りない瞬間を持っている。
その事実が、少しだけ面白かった。
(この男も、空っぽではない)
ただし、空っぽを埋める方法が歪んでいるだけだ。
食べ終わる頃、通知が変わった。
《空腹度:安定》
私は、立ち上がる。
「行く」
「行くって……どこに」
「ダストのところ」
レイザーが顔をしかめた。
「作戦とか、ないのかよ」
「順番にやるだけ」
私は歩き出す。
レイザーはしぶしぶついてくる。
少し歩いたところで、彼がぽつりと言った。
「……なあ」
「なに」
「さっきの戦い」
彼は言葉を選ぶように一瞬黙ってから、低く続けた。
「アセット、使ってなかったよな?」
質問は、純粋だった。
怖がっているのに、聞かずにいられない目。
私は、簡単に答える。
「使わない」
「なんでだよ。
アセットは“安全”だ。暴走しねえ。
それが普通だろ」
普通。
この世界の合言葉。
私は少し考えて、なるべく短い言葉にまとめた。
「安全だと、遅い」
「遅い?」
「考える時間が増える」
レイザーが眉をひそめる。
「……じゃあ、あの術は、毎回その場で?」
「そう」
「それ、暴走するだろ」
「する」
私は否定しない。
レイザーの表情が固まった。
「……は?」
「暴走する。だから、制御する」
私は淡々と言う。
「忍術は、臨機応変。
同じ状況は二度と来ない。
だから同じ答えは要らない」
レイザーは、明らかに一歩引いた。
物理的にではなく、心の距離で。
「……お前、やっぱりおかしい」
「そうかも」
「いや、そうだろ。
それ、近づきすぎたら危ねえタイプだ」
彼は、笑っていないのに笑ったような顔をした。
恐怖と嫌悪と興味が、同じ場所で絡まっている。
「でも離れられねえ。
俺、今……使えるもんが少ねえし」
封印されたアセットのことだろう。
彼はそれを口にしない。
私は振り返らずに言う。
「付き添って」
「……分かってるよ」
レイザーは小さく舌打ちした。
「嫌がらせが好きな側が、嫌がらせされる側になるの、初めてだわ」
自業自得、という言葉を私は使わない。
忍びは説教をしない。
必要なのは、動くこと。
私は次の広場を避け、
人の流れの外側へ歩く。
豆腐建築の影。
人目の届かない道。
狩る側が好む場所。
同じ場所を、忍びも使う。
「次は誰」
私は聞く。
レイザーは少し黙ってから、嫌そうに言った。
「……一番近いのは、糸のやつだ。
名前は――」
その名前を聞いた瞬間、
私は袖の中の巻物に指をかけた。
(順番に)
霧は、静かに濃くなる。
そして私は、
久々の実戦の手応えをまだ頬に残したまま、
次の“狩り”へ歩いていった。




