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シノビナイト★ ~世界最弱と判定された少女は、忍術で本気だす~  作者: PP
弐乃巻:ダスト

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6/20

情報

レイザーは、少し後ろを歩いていた。


付き添い――という言葉が、一番近い。

並んで歩くには距離がある。逃げるには近すぎる。

彼は時折、無意識に足首を確かめるような仕草をした。


封印。


あの戦いのあと、レイザーの得意な“逃げ道”は削られた。

テレポートも、位置入れ替えも、重力も、火のオーラも、跳躍も。

彼の戦い方そのものが、今は眠っている。


だから、歩き方が少しだけ不自然になる。


それを見て、私は思う。


(武器がないと、人は遅くなる)


忍びは、武器がなくても遅くならない。

武器を持っていると思われた時点で、すでに計算が狂うからだ。


私は振り返らずに言った。


「ダストって、なに?」


レイザーは一瞬だけ黙った。

答えるかどうか迷うというより、どう答えれば面倒が減るか考えている顔だ。


「……組織じゃねえよ」


吐き捨てるように言って、続ける。


「同じ趣味の集まり。

 初心者狩りが好きなやつらが、勝手に集まってるだけ」


趣味。

狩り。

この世界では矛盾しない。


「名前は勝手についた。

 目立たない場所で、ゴミみてぇなことしてるからだろ」


「自覚はあるんだ」


「あるからやってる」


レイザーは肩をすくめた。

悪びれない。誇らない。

ただ、そういう生き方を選んだというだけの顔。


私は、次の質問を投げる。


「どれくらいいる?」


「固定で動いてるのは十数人。

 入ったり抜けたりする雑魚まで入れたら、もっとだ」


「強いのは?」


レイザーは鼻で笑った。


「俺くらい強いのは、そうそういねえ」


言い切ってから、少しだけ言葉を足す。


「……まあ、上はいる。

 “狩り”じゃなくて、“遊び方”そのものが歪んでるやつがな」


名前を挙げろ、と言わなくても、レイザーは勝手に吐き出した。

言わないと、次の申請が飛んでくると思っているのかもしれない。


「たとえば――」


彼は指を折りながら言う。


「音で殺すやつ。

 見えない糸で動かすやつ。

 触れたら終わりの毒を“娯楽”って顔で撒くやつ。

 あと……一番厄介なのは、場を作るやつだ」


「場?」


「ルールを塗り替えるタイプ。

 相手の得意を意味なくする。

 ……お前みたいな」


最後の一言だけ、声が小さくなった。


私は、確認するように頷く。


「じゃあ、その数名を順番に」


「は?」


レイザーが目を見開いた。


私は淡々と言う。


「一人ずつ、やっていこう」


会議はいらない。

計画はいらない。

情報だけで十分だ。


レイザーは、口を開けて閉じた。

何か言い返したいのに、言葉が出ない顔。


「……お前さ」


ようやく絞り出した声は、苛立ちに近い。


「普通、そういうのって……仲間集めたり、準備したり……」


「準備はしてる」


私は袖の奥に触れる。

巻物の束。

刃物。紐。粉末。煙。


「これ以上は、現地で」


レイザーは、顔をしかめた。


「……あー、もう。分かったよ」


しぶしぶ、という言い方がぴったりの口調だった。


「付き添う。

 ただし、俺はLv3には同意しねえからな。絶対だ」


「分かってる」


私は、あえて何も言わない。

それ以上言えば、彼の精神が擦り減る。

擦り減った相手は、使いづらくなる。


忍びは、道具を壊しすぎない。


しばらく歩くと、街の景色が変わった。


豆腐みたいな建物が、また増える。

中途半端に凝った内装が途中で放棄されていたり、

壁の色だけ派手にして飽きたまま開けっ放しだったり。

この世界の「自由」が、形だけ残っている。


そして、遠くには広場。


人が集まっている。

光が跳ねる。

歓声が上がる。


(あそこは違う)


忍びが立つ場所じゃない。

見せるための空間は、見られるための罠になる。


私は広場から視線を外した、その瞬間。


視界に赤い表示が割り込んだ。


《警告:空腹度が低下しています》


「……」


足を止める。


体の内部が淡々と管理されていることを、こういう時に思い出す。

飢えが感情を持つ前に、通知が先に来る。


私は袖から、小さな黒い丸薬を取り出した。

忍び飯。


少量で動ける。

味は終わっているが、効率がいい。


口に運ぼうとしたところで、レイザーが言った。


「待て」


「?」


「さすがに、それはない」


真剣な顔だった。

この世界の住民にしては珍しい表情。


「……効率いい」


「効率の話じゃねえ」


レイザーは、吐き捨てるように言ってから、少しだけ言い直した。


「それ、味しねえだろ。

 噛む必要もねえだろ。

 ……生きてる感じ、消えるぞ」


生きてる感じ。

そんなものを、この世界で気にする人がいるのか。


「食事は資源がある限り自由に調達できる」


「だからって、丸薬で済ませるやつは少ねえ」


「少ない?」


「少ないというか……趣味じゃねえ」


レイザーは、面倒そうに指を鳴らした。


「俺が作る。

 ……今だけだぞ」


「料理?」


「そう」


言いながら、彼はアイズを開く。


緑の線が走り、空間に“道具”が浮かんだ。


取っ手のないフライパン。

宙に浮く。角度も高さも、ぴたりと固定される。


次に、卵。

ベーコン。

トースト。

バター。


全部、アセット。

必要な形に、必要な量だけ。


「ここまでできるなら、最初から『非常に美味しいパン』でいい」


私が言うと、レイザーは鼻で笑った。


「それは“出来上がり”だろ」


彼は、手を軽く振る。


空中で停止する火球が現れ、フライパンの下に収まった。

火力は一定。距離も一定。揺れない。


ベーコンが落ちる。

油が弾ける音。


「……音がする」


思わず口に出ていた。


施設の中でも食材は学んだ。

味も知っている。

でも、こういう工程はあまり見なかった。


この世界では、工程に価値がない。

完成品が出せるなら、それで終わる。


レイザーは、卵を割る。

黄身が広がる。

熱で形が変わる。


「こうした方がうまく感じる」


彼はそれだけ言って、ひっくり返した。


トーストは宙に浮かせたまま、火球の熱で焼く。

バターが溶けて、香りが広がる。


(香り……)


空腹度の数値が下がっているだけだった体が、

初めて「食べたい」という感情を持ち始める。


出来上がった皿はない。

そもそもこの世界では皿すら必須じゃない。


レイザーは、空中で整えたまま、私の前に滑らせた。


「ほら」


私は丸薬をしまい、ベーコンを一口。


噛む。

塩気。

脂の香り。

熱。


「……美味しい」


言葉は短くなった。


レイザーは、少しだけ口元を歪めた。


満足、というより――確認。

「ちゃんと反応するか」を見ている顔だ。


「だろ」


彼はトーストにバターを落として、自分もかじった。


「この世界、味に困らねえ。

 でも、“うまく感じる”ためにわざわざやるやつは少ない」


「なぜやる」


「理由?」


レイザーは一瞬考えて、肩をすくめた。


「……暇つぶし」


そして付け足す。


「あと、勝ち続けても満たされねえ時がある。

 そういう時は、こういうのが効く」


魔法対戦で満たされる男が、

それでも足りない瞬間を持っている。


その事実が、少しだけ面白かった。


(この男も、空っぽではない)


ただし、空っぽを埋める方法が歪んでいるだけだ。


食べ終わる頃、通知が変わった。


《空腹度:安定》


私は、立ち上がる。


「行く」


「行くって……どこに」


「ダストのところ」


レイザーが顔をしかめた。


「作戦とか、ないのかよ」


「順番にやるだけ」


私は歩き出す。

レイザーはしぶしぶついてくる。


少し歩いたところで、彼がぽつりと言った。


「……なあ」


「なに」


「さっきの戦い」


彼は言葉を選ぶように一瞬黙ってから、低く続けた。


「アセット、使ってなかったよな?」


質問は、純粋だった。

怖がっているのに、聞かずにいられない目。


私は、簡単に答える。


「使わない」


「なんでだよ。

 アセットは“安全”だ。暴走しねえ。

 それが普通だろ」


普通。


この世界の合言葉。


私は少し考えて、なるべく短い言葉にまとめた。


「安全だと、遅い」


「遅い?」


「考える時間が増える」


レイザーが眉をひそめる。


「……じゃあ、あの術は、毎回その場で?」


「そう」


「それ、暴走するだろ」


「する」


私は否定しない。


レイザーの表情が固まった。


「……は?」


「暴走する。だから、制御する」


私は淡々と言う。


「忍術は、臨機応変。

 同じ状況は二度と来ない。

 だから同じ答えは要らない」


レイザーは、明らかに一歩引いた。

物理的にではなく、心の距離で。


「……お前、やっぱりおかしい」


「そうかも」


「いや、そうだろ。

 それ、近づきすぎたら危ねえタイプだ」


彼は、笑っていないのに笑ったような顔をした。


恐怖と嫌悪と興味が、同じ場所で絡まっている。


「でも離れられねえ。

 俺、今……使えるもんが少ねえし」


封印されたアセットのことだろう。

彼はそれを口にしない。


私は振り返らずに言う。


「付き添って」


「……分かってるよ」


レイザーは小さく舌打ちした。


「嫌がらせが好きな側が、嫌がらせされる側になるの、初めてだわ」


自業自得、という言葉を私は使わない。

忍びは説教をしない。


必要なのは、動くこと。


私は次の広場を避け、

人の流れの外側へ歩く。


豆腐建築の影。

人目の届かない道。

狩る側が好む場所。


同じ場所を、忍びも使う。


「次は誰」


私は聞く。


レイザーは少し黙ってから、嫌そうに言った。


「……一番近いのは、糸のやつだ。

 名前は――」


その名前を聞いた瞬間、

私は袖の中の巻物に指をかけた。


(順番に)


霧は、静かに濃くなる。


そして私は、

久々の実戦の手応えをまだ頬に残したまま、

次の“狩り”へ歩いていった。

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