レイザー
広場から少し外れた場所でも、人は集まる。
豆腐みたいな建物が途切れた先。
視界が少しだけ開けて、
それでいて、誰も長居しない中途半端な空間。
魔法対戦には、ちょうどいい。
「ねえ、君」
レイザーは、少年に声をかけた。
放出されたばかりだと、一目で分かる。
まだ身体の使い方が定まっていない。
でも、目だけは輝いている。
――派手なものに、憧れている目だ。
「練習、しない? Lv2だけど」
少年は一瞬ためらい、それから大きく頷いた。
「やります!」
名前は、サコ。
十二歳。
雷のエフェクトに、心を奪われている。
アイズを開いた瞬間、
紫色の光が弾けた。
「誰も避けられない僕のイナヅマ!
くらえ、紫電一閃!」
空気が震え、
紫の雷光が一直線に走る。
派手だ。
観ていて楽しい。
――でも。
レイザーは、もう動いていた。
雷という属性。
直線的な軌道。
発動までの溜め。
すべて、見慣れている。
一歩、横にずれるだけでいい。
雷は、空を切った。
「えっ――」
サコが言葉を失った、その瞬間。
「次」
レイザーは、わざと距離を取る。
サコの目が輝いた。
「紫電行!」
身体に雷をまとい、
一気に距離を離す。
速い。
確かに速い。
――だから、読める。
レイザーは、サコの進行方向に
先回りするようにテレポートした。
そして、足をかける。
次の瞬間。
「っ――!?」
高速移動中の転倒。
地面に叩きつけられた衝撃は、
Lv2で制御されているはずの痛みを、
確かに伴っていた。
サコは息を詰まらせ、
動けなくなる。
恐怖。
判断停止。
「……負け、です」
それで終わりだ。
レイザーは、淡々と勝利を受け取る。
――その瞬間。
【対戦Lv:3 合意申請】
「……」
画面を見たまま、レイザーは舌打ちした。
「興覚めだな」
拒否。
すぐに、また申請。
拒否。
また。
「……もういい」
狩りを中断する。
だが、視界の端に、
見慣れない影があった。
放出されたばかりだろう。
街にまだ馴染んでいない。
――子ども。
「もう一人くらい、やっとくか」
レイザーは、Lv2申請を送った。
合意が成立した瞬間、空気が薄くなる。
世界が「当事者だけの戦い」を許可し、周囲を切り離した証拠だ。
この街の豆腐みたいな建物も、人の足音も、遠くの笑い声も――ただの背景になる。
レイザーは動かない。
動かないまま、私を観る。
相手の動きに合わせたカウンター。
それで勝ち続けてきた眼。
「……子どもか」
言葉は軽い。
でも視線は軽くない。
私は返事をしない。
巻物を一枚、指に挟む。
紙が、冷たい。
――仕込み。
巻物が燃え、緑の線が一瞬だけ走って消えた。
次の瞬間、レイザーの足首に影のような紐が絡みつく。
拘束。
“縛る”という発想そのものが、この世界の魔法に比べて露骨だ。
「……っ」
レイザーの眉がわずかに動く。
私は地面を蹴る。
普通の跳躍じゃない。
空を蹴る感覚で、軌道を変える。
忍びは、直線で動かない。
首筋が見えた。
クナイを、浅く滑り込ませる。
狙いは致命じゃない。
動きを鈍らせるための刺し方。
――しかし。
レイザーは、刺さる前に“抜けた”。
拘束がほどけるのではない。
拘束されている部分ごと、位置がずれる。
テレポート。
「……なるほど」
彼の声が、少しだけ熱を帯びた。
「巻物がアセットか? 拘束までがセット……ってわけだ」
違う。
でも、誤解してくれるのは助かる。
私は次の巻物を取り出す。
レイザーの目が、わずかに細くなる。
「同じ手は食わない」
彼の身体が、淡い炎を纏った。
火のオーラ。
熱で近接を拒む結界じみた魔行。
触れれば焼かれる。刃物も弾かれる。
「来いよ」
挑発ではない。
“これで封じた”という確信。
私は、返事の代わりに巻物を燃やした。
保存の巻物。
紙が灰になると同時に、空が鳴った。
――クナイが降る。
雨のように、密度を持って。
「……は?」
レイザーが初めて、声を上げた。
足元ではない。
頭上から。
対策が意味を失う。
火のオーラでは対処ができない。
避けるしかない。
数本が肩、腕、脇腹に刺さった。
浅い。だが痛みは確かにある。
レイザーは舌打ちし、即座にテレポートで範囲外へ跳んだ。
着地した瞬間、私はそこへ手裏剣を投げる。
三枚。
一直線ではなく、弧を描く軌道。
レイザーは反射的にカウンターへ移行する。
「入れ替えだ」
位置チェンジ。
相手と自分の座標を交換するアセット。
――魔行。
アイズの端に、魔行ログが走る。
即時発現。
空間座標の書き換え。
成功率は高い。
今までなら、確実に勝ち筋だった。
だが。
入れ替わった先にいたのは、私じゃない。
手裏剣が突き刺さったのは、木の幹。
変わり身。
乾いた音だけがして、木片が散る。
「……っ」
レイザーの視線が、宙を彷徨った。
相手を見失った瞬間、スキが生まれる。
それは、この世界でも同じだ。
私は、すでに地面の中にいた。
土遁の術。
魔造の設計は見せない。
魔行ログも、残らない。
――正確には、
「アセットとして発現していない」から、追えない。
地面が僅かに盛り上がり、私はレイザーの両足首を掴んだ。
「――!?」
引きずり込む。
足首を土に埋め込ませる。
固定。
自由を奪う。
レイザーは即座に足を引き抜き、大きく跳ぶ。
アセットによる跳躍支援。
魔行ログが、連続して走る。
空中で体勢を整え、そのまま真下へ。
重力波。
空気が圧縮され、大地が叩き潰される。
「地面の中で眠れ!」
――だが、私はもうそこにいない。
次の瞬間、レイザーの背後。
私は両腕と首を、手足で絡め取る。
抱きつくのではない。
重心と関節を奪う、完全なホールド。
「……っ、何――」
私は息を吐く。
イメージは一つ。
相手の自由を奪う。
それだけを、強く。
忍術が完成する。
天狗倒し。
不可抗力の角度で身体を反転させ、地面へ叩きつける。
抵抗は、間に合わない。
鈍い音。
地面が震え、レイザーの身体が跳ねた。
「ぐ……っ……!」
Lv2。
死なない。
だが、魂の摩耗は確実に溜まる。
レイザーは回復を試みる。
アセットを呼び出そうとする。
だが――
意識が混濁し、
正しい判断が出来ずアセットの選択に辿り着かない。
これ以上は無理だと、
経験が告げている。
「……負けだ」
レイザーが、敗北を認めた。
敗北が確定した瞬間、
私はアイズに表示される魔法対戦規約を確認する。
魔法対戦において、
敗北者は、
対戦中に使用したアセットの封印を受け入れる義務を負う。
それは罰ではない。
次に向けた“調整期間”だ。
だが――
研ぎ澄ましたアセットほど、
作り直しには時間がかかる。
私は、封印対象を指定する。
テレポート。
位置入れ替え。
重力操作。
炎のオーラ。
跳躍。
魔行ログに基づく選別。
レイザーの顔から、血の気が引いた。
痛みではない。
武器を失う感覚だ。
その直後。
【対戦Lv:3 合意申請】
レイザーは画面を見て、短く息を吐いた。
「……分かった」
「従うから」
「それ、やめてくれ」
私は巻物を指で弾き、袖に戻す。
「いいよ」
久々の実践に、頬が少し緩む。




