相応しき者(序)
塔は、何も語らなかった。
雲の上へ消えていく黒い構造体は、
そこに立っているだけで世界の空気を歪めている。
それでも三人は、その足元で火を囲んでいた。
魚の串焼きが、ぱちりと弾ける。
レイザーが串を回す。
「なぁ」
彼は塔を見上げながら言った。
「登らないのか?」
シンも視線だけを向ける。
「普通なら、行く場所だな」
塔。
どう見ても“イベント”だ。
階層構造。
禍々しい雰囲気。
見せつけるような巨大さ。
この世界の住人なら、
娯楽として真っ先に挑む場所。
だが私は、首を振った。
「登らない」
レイザーが苦笑する。
「マジかよ」
シンは一瞬だけ考え、肩をすくめた。
「理由は?」
「興味がない」
嘘ではない。
塔は、明らかに“誰かが用意した舞台”だ。
登れと言っている。
挑めと言っている。
だが――
忍びは、用意された道を歩かない。
レイザーが魚をかじる。
「こんな面白そうなイベント、逃すか普通」
シンが続く。
「登らない理由の方が珍しい」
私は串を火から外した。
「急ぐ理由もない」
静かな返答。
塔は逃げない。
だが。
二人の空気が、少し変わる。
レイザーが、ちらりとシンを見る。
シンも同じだ。
火を挟んで、目が合う。
「……なぁ」
レイザーが言った。
「今の俺たち、どっちが強いと思う?」
シンが鼻で笑う。
「決まってる」
「俺だ」
レイザーがすぐ返す。
「いや、俺だ」
シンの声は静かだが、揺れない。
「走馬」
「身体強化」
「完全異常耐性」
「俺の基礎は完成している」
レイザーは肩を回す。
「俺はカウンター型だ」
「お前の動き、既に何度も見ている」
二人の視線がぶつかる。
火の向こうで、空気が張る。
私は黙って見ていた。
(始まった)
湖のこと。
命を救われたこと。
二人とも口には出さない。
だが、空気が変わったのは明白だった。
レイザーが言う。
「なぁシノ」
「どっちが強いと思う?」
シンも同時に視線を向ける。
答えを待っている。
私は少しだけ考えた。
答えは、簡単だ。
「知らない」
二人が同時に眉を動かす。
私は火の串を置いた。
「なら」
静かに言う。
「今ここで力を示して」
沈黙。
そして。
レイザーが笑う。
「いいね」
シンも頷いた。
「望むところだ」
二人は同時に立ち上がる。
だが。
レイザーが言う。
「魔法大戦、申請するか?」
私は首を振った。
「しない」
「今回は、ただ戦うだけ」
シンが理解したように頷く。
「制約なし、か」
レイザーも納得する。
魔法大戦ではない。
つまり。
痛み制御なし。
制限なし。
時間制限なし。
純粋な戦闘。
私はゆっくり立ち上がる。
影が長く伸びる。
そして。
忍法・影忍び
私は二人の影の奥へ沈む。
存在を、溶かす。
二人には分かる。
気配はある。
だが、外部からは認識できない。
塔の窓。
黒い穴。
そこから見ている“何か”にも、見えない。
レイザーが拳を握る。
シンが足を踏み出す。
火が、消えかける。
塔の影が揺れる。
そして――
二人の戦いが、始まる。




