湖4
湖の中央に辿り着いた瞬間、突然風が止んだ。
そのときだった。
水中の奥底に、四角い影が見えた。
直線。
角。
規則的な構造。
「……あれ」
私は目を細める。
沈んだ、豆腐建築。
だが、道中で見たソレとは異なる。
白い箱が、水底に沈んでいる。
屋根も、壁も、窓も。
施設の外観に似ている。
「……なんで、下に」
レイザーが言いかけた、その瞬間。
ぱちん、と。
目に見えない何かが切れた。
レイザーの足元の水が、弾かなくなる。
シンの身体強化の圧が、消える。
二人の身体が、沈む。
「……っ?」
レイザーが目を見開く。
「何が――」
言い終わる前に、水面が割れる。
シンも沈む。
「……!」
私は即座にログを確認する。
《アセット使用:不可》
レイザー、シンのみ。
私の水雲は、まだ沈んでいない。
(攻撃されている)
考察は、後。
私は水雲を脱ぎ捨てた。
着水すると、装備の重みを感じる。
しかし次の瞬間には、それらを手放していた。
袖口に残るのは、わずか。
クナイ一本。
鉄線。
巻物一枚。
あとは、水の中へ。
私は躊躇なく飛び込む。
冷たい。
肺が縮む。
だが、慌てない。
沈む二人の元へ。
レイザーは、必死に手足を動かしている。
だが泳ぎの概念がない。
“沈まない移動”しか知らない身体は、
水の抵抗を処理できない。
シンは、沈みながらも冷静だが、
息が持たない。
私は二人を抱き寄せる。
立ち泳ぎで浮力を確保し、
体勢を整える。
(ここで死なせない)
水面へ向かって蹴る。
だが重い。
二人分。
装備を捨てた意味は、ここにある。
水を飲む音がする。
レイザーが咳き込む。
シンの意識が、落ちる。
(もしここで魔法が使えないまま死んだら)
フェムトデバイスが身体を再生する。
だが、酸素がない。
再生。
窒息。
再生。
窒息。
無限。
(……ムゲン)
背筋が冷える。
ここは、魔法を封じる“場”だ。
死は、終わらない。
私は歯を食いしばる。
忍びは孤独でも耐えられる。
一人で、任務を遂行できる。
だが。
友がいることは、悪くない。
人は、一人より二人。
二人より三人。
沈ませない。
私は体を反転させ、背泳ぎの姿勢に切り替える。
二人を胸元に抱え、
足で水を蹴る。
何度も。
何度も。
湖は広い。
岸が、遠い。
体温が奪われる。
手足の感覚が薄れる。
それでも、止まらない。
何時間、泳いだのか。
時間の感覚が消える。
ようやく、足が底に触れた。
大地だ。
浅い。
私は最後の力で立ち上がる。
二人を引きずるように、岸へ。
倒れ込む。
呼吸が荒い。
指先が震える。
だが――
《アセット使用:可能》
戻っている。
私は濡れた袖口から巻物を取り出す。
震える手で広げる。
火遁・篝
炎が灯る。
暖かい。
私は二人の胸元に手を当てる。
水を吐かせる。
圧迫。
呼吸補助。
蘇生術
淡い光が、胸に流れ込む。
レイザーが咳き込み、水を吐く。
シンが大きく息を吸う。
私は、ようやく膝をついた。
湖は、静かだ。
だがもう、ただの湖ではない。
あの水底の建築。
アセットの強制解除。
(ここには、何かがいる)
しかし、人の気配は感知出来なかった。
誰かが仕掛けた罠だと、そう割り切る。
西へは、簡単には進ませてくれない領域のようだ。
それでも、私は止まらない。




