放出まで
施設の天井は、今日も同じ白だった。
時間帯によって光量は変わる。
けれど色温度は一定で、朝も夜も、感情を刺激しないように調整されている。
「放出まで、残り三日」
視界の端に、淡々とした表示が浮かぶ。
警告でも、祝福でもない。
ただの通知。
周囲の子どもたちは、特に反応しなかった。
誰かは笑っていたし、
誰かは次の娯楽の話をしていた。
外に出ることは、イベントの一つでしかない。
この施設の外も、きっと同じように安全で、便利で、退屈なのだと――
信じて疑っていない。
私は壁際に座り、忍具の点検をしていた。
数は少ない。
必要最低限。
刃物。
紐。
粉末。
煙。
巻物。
どれも、派手さとは無縁だ。
アイズを起動すれば、いくらでも新しく生成できる。
それでも私は、作り置きを選ぶ。
(即席は、信用しない)
忍術は、その場で最適解を選ぶ。
だが、命を預ける道具は、事前に身体に馴染ませておく。
保存されたアセットは使えない。
正確には、作れない。
アイズは反応する。
魔行も成立する。
けれど、保存しようとした瞬間、
イメージが崩れ、どこにも定着しない。
管理者は言った。
「個体差の範囲です」
「問題はありません」
問題はある。
保存できないということは、
同じ失敗を、毎回“生”でやるということだ。
普通は、耐えられない。
だから、誰もやらない。
私は、やる。
忍術は、再現性を求めない。
同じ状況は二度と来ない。
なら、
同じ答えを保存する意味はない。
施設内では、Lv2の模擬戦すらほとんど行われなかった。
理由は単純だ。
楽しくない。
痛みがある。
魂が摩耗する。
「そこまでしなくていい」
それが、この世界の合言葉だ。
管理者も、止めない。
勧めもしない。
選択肢として提示し、
あとは放置する。
(……外も、同じだ)
外の世界について、
管理者は何も語らない。
危険があるのか。
暴力があるのか。
殺し合いがあるのか。
――分からない。
でも、
説明されないという事実だけは、はっきりしている。
それは、優しさじゃない。
考慮されていないだけだ。
私は立ち上がり、窓のない廊下を歩く。
足音は、出さない。
習慣だ。
施設内に、隠れる必要はない。
見つかって困る相手もいない。
それでも、忍び足をやめない。
(癖は、裏切らない)
通路の端で、管理者が立っていた。
いつもと同じ姿勢。
いつもと同じ無表情。
「放出後の説明は、明日行います」
「……外は、どんなところ?」
ふと、そう聞いてみた。
管理者は、一秒だけ沈黙し、
そして、いつもと同じ声で答える。
「自由です」
それ以上は、何も言わない。
(そう)
自由。
危険の説明もなく、
敵の存在も語られず、
生き方の指針も与えられない。
自由という言葉で、
全てを切り捨てている。
私は、Lv3の項目を開いた。
誰も触れない場所。
娯楽の外側。
申請方法は、Lv1やLv2と同じだ。
合意書にチェックを入れるだけ。
簡単すぎる。
だからこそ、
誰も“悪用”を考えない。
何度も申請できる。
拒否されても、再度申請できる。
相手の精神を削ることも、理論上は可能だ。
――でも。
そんなことをする理由が、ない。
楽しくない。
危険。
自分にもリスクがある。
だから、誰もやらない。
(……忍びは、理由がある)
殺すためじゃない。
生き残るためだ。
そして、
生き残るためには、
相手の選択肢を奪う必要がある。
Lv3は、奪える。
娯楽じゃない。
儀式でもない。
ただの、
覚悟の有無を問う場所。
十二歳になれば、外に出る。
安全は、保証されない。
管理も、されない。
なら――
最初から、殺す気で行く。
それだけだ。
忍びは、暗躍する。
誰にも見せず、
誰にも称賛されず。
ただ、
確実に終わらせる。
通知が、もう一度浮かぶ。
「放出まで、残り二日」
私は目を閉じ、
霧のイメージを重ねた。
霧は、まだ濃い。
でも――
踏み出す準備は、もう終わっていた。




