湖3
湖の上は、想像以上に静かだった。
波はある。
風もある。
だが、水面に立っているという異常さに、誰も疑問を抱いていない。
シンは淡々と歩きながら、魚の影を見つけては足元を踏み込む。
水が爆ぜる。
銀色が跳ねる。
身体強化で跳躍し、空中で掴む。
レイザーは、水の反発アセットを安定させながら、
私が渡した糸と金属片を改良している。
「……光の屈折、利用できるな」
水面下で反射する光を、意図的に揺らす。
魚が寄る。
釣れる。
私は水雲で静かに滑りながら、
必要以上に獲らないよう数を見ていた。
《対象生体:魚類》
《食用可:問題なし》
ログが淡く表示される。
“魚”だと分かった理由は、それだけだ。
名称。
成分。
毒性なし。
だが。
「この魚、どう食う?」
レイザーが、掴んだ魚を持ち上げる。
ぴちぴちと跳ねる。
シンは魚を観察し、言う。
「そのまま齧ってみるか?」
「……」
私は少し考えた。
「焼く」
「どうやって」
袖から巻物を取り出す。
火遁。
燃え盛る炎を、巻物で固定する事が可能だ。
火遁・篝
湖の中央、水面の上。
巻物が燃え上がる。
炎は激しいが、熱は限定的に制御されている。
「中心に置け」
私は宙に投げた魚の腹を一瞬で裂き、内臓を抜く。
レイザーが目を丸くする。
「お前、食べ方を知ってたのか?」
「知ってる」
正確には、“知識がある”。
元の世界の記憶。
シンは枝をアセットで生成し、串にする。
シンにも3種のアセット以外に、手持ちのアセットが存在したようだ。
魚を刺す。
火の周囲に、円を描くように配置する。
じゅ、と音がする。
脂が落ち、炎が揺れる。
香ばしい匂いが立つ。
三人とも、しばらく無言だった。
甘いクリームとは違う。
これは、野生の匂い。
この世界に、本来存在しないはずの“生臭さ”。
「……悪くねぇ匂いだな」
レイザーが言う。
シンは黙って焼き加減を見ている。
私は、串を回す。
焦げすぎないように。
焼き加減を誤れば炭になる。
やがて、皮がぱり、と割れる。
白い身がのぞく。
「……そろそろ」
シノが火遁から魚を引き離すと、レイザーとシンも続く。
そして、一口。
かぶりつく。
「熱っ……!」
だが、次の瞬間、目がわずかに開く。
「……うまい」
シンも続く。
「脂があるな」
「懐かしい味」
私はゆっくりと口に運ぶ。
湖の匂い。
火の香り。
塩はない。
だが、それでも十分だ。
この世界では、完成品が当たり前だった。
“工程”が、本質的な味を作る。
それはクリームで知った。
そして今。
魚もまた、工程で変わる。
レイザーは二本目に手を伸ばす。
「……これ、いくらでも食えるな」
水面に立ちながら、串焼きを囲む。
奇妙な光景だった。
だが。
私は湖の中央を見た。
風が止まる瞬間がある。
水面が、不自然に平らになる。
波が、消える。
その一瞬だけ、湖は“絵”になる。
(やっぱり)
誰かが。
どこかで。
これを維持している。
魚がいる。
水が循環している。
燃えた灰は、どこへ行く?
湖の中央。
遠く、陽炎のように揺らぐ場所。
西は、まだ向こうだ。
「食ったら進むぞ」
シンが言う。
私は頷く。
火遁の巻物を閉じ、炎を消す。
湖の上の食事会は、終わった。
だが。
湖は、終わっていない。
西の先に、
この湖を作った“意図”がある。
私は、再び水雲を踏みしめた。
――まだ、何かが、見ている。




