女の子(中編)
少女は、スプーンに手を伸ばす前に、ふっと息を吐いた。
視線は遠くを見ている。
「私、昔ね。食べるの、やめてみたことがあるの」
唐突だった。
「この世界で、飢えたことある?ないでしょ?」
フェムトデバイス。
痛みも、損傷も、管理される世界。
「だから、どこまでいけば“飢えるのか”知りたくて」
一口、また一口。
「飢えるとね」
少女は、小さく笑った。
「世界が、静かになるの」
音が遠のき、
考えが細くなって、
やがて“消えてしまうの”。
「……あれは、死の疑似体験だったと思う」
レイザーが、スプーンを止める。
シンは、何も言わず、聞いている。
「そして、今度は逆をやってみたの」
少女は、クリームを見つめながら続ける。
「いっぱい、食べた」
「飢えたあとに食べる食事はね、
幸福が、壊れるくらい来るの」
胸の奥が熱くなって、
頭が白くなって。
「それが、忘れられなかった」
だから。
「それ以降、食べて、食べて、食べ続けるのが、私の使命になった」
この世界では、
食事は効率で、完成品で、【同じ】味。
「でも、ある日」
少女の目が、少しだけ揺れた。
「料理をする人に、出会ったの」
手をかけて、
工程を重ねて、
“出来上がるまでの時間”を味にする人。
「それからは、探した」
「料理をする人を見つけては、
作られた料理を、全部食べた」
勝負でも、
報酬でもない。
ただ、食べる。
「でもね」
「いつのころからか、
満たしても、満たしても、満たされなくなった」
幸福は、薄くなる。
量を増やしても、
速度を上げても、
あの最初の熱は、戻らない。
「……もう、私は悲観していたわ」
だけど今。
「甘くて、おいしそう」な匂いがした。
変化のある匂い。
完成品じゃない匂い。
「ここを見つけた」
少年と、シノ達を見る。
「……ね」
少女は、スプーンを握り直す。
「私は、このクリームで」
「今度こそ、満たされる」
言い切って、
クリームにスプーンを突っ込む。
速い。
だが、決して乱暴ではない。
味を確かめるように、
確実に口へ運んでいく。




