施設
施設の中で、Lv2の話題はほとんど出なかった。
出たとしても、
それは「危ないからやらないほうがいい」という注意としてだ。
Lv1は娯楽。
派手で、安全で、失敗しても笑える。
Lv2は――
「現実的すぎる」。
負傷判定。
戦闘不能。
痛覚は制御されているとはいえ、魂が摩耗する。
それを、誰も好まない。
「わざわざ、そこまでしなくていいでしょ?」
授業の合間、誰かが言った。
否定でも、恐怖でもない。
当然という顔だった。
(……そう)
この世界では、
“そこまで”行く理由がない。
死ななくていい。
飢えなくていい。
働かなくていい。
だから、
命に触れる必要もない。
管理者たちは、外の世界について何も語らなかった。
「自由に生きていい」
それだけ。
危険も、暴力も、悪意も。
あるのか、ないのかすら教えない。
まるで――
子どもが転ぶ可能性を、最初から考慮していないみたいに。
(……優しいんじゃない)
(これは、放棄だ)
私は訓練室の隅で、ひとり動いていた。
アセットは使わない。
というより、使えない。
保存しようとすると、
イメージが“そこに留まらない”。
まるで、
私の中に、保存先が存在しないみたいに。
でも、それで困ったことはなかった。
忍術は、
元々そういうものだ。
型はある。
けれど、正解はない。
同じ術を、同じ状況で使うことなんて、二度とない。
だから私は、
魔造も、魔加も、アセットも、無視する。
一気に魔行へ。
一瞬で、現実へ。
管理者は言った。
「それは非推奨です」
「暴走の可能性があります」
知ってる。
暴走する。
だから、制御する。
保存された“安全な成功”じゃなく、
今この瞬間に通るかどうかだけを研ぎ澄ます。
それを、私は忍術と呼ぶ。
ある日、Lv3の説明が表示された。
誰も選ばない項目。
ほとんど冗談みたいな扱い。
――死亡した場合、敗北。
フェムトデバイスは介入しない。
魂の摩耗が限界を超えれば、完全な死に至る。
画面を見つめながら、私は思った。
(やっと、ある)
(ここだけは、娯楽じゃない)
Lv1は、見せ物。
Lv2は、事故。
Lv3だけが、
殺す気がある者しか立てない場所だ。
忍びは、暗躍する。
正面から勝たない。
称賛を求めない。
――ただ、
確実に終わらせる。
管理された安全の中では、
それは永遠に成立しない。
だから私は、妥協しない。
外の世界がどうなっているか、知らない。
管理者も教えない。
それでもいい。
(知らないなら、斬って確かめる)
十二歳になれば、施設を出る。
そのとき私は、
Lv3を選ぶ。
娯楽じゃない戦いを、
最初から、殺す気で。
霧は、まだ濃い。
――けれど、もう迷ってはいなかった。




