シノ(中)
効かない。
一つ、また一つ。
私は、引かない。
忍びは、諦めない。
シンの拳が、地面を抉る。
空気が、砕ける。
私は紙一重でかわし、
転がりながら――次を試す。
撒菱。
古い。
地味。
誰もが知っている。
床にばらまく。
足元に注意を向けさせるための道具。
――踏まれない。
だが。
踏まれない、という事実が、
動線を限定する。
私は、その“避け方”を記憶する。
次。
目潰し粉。
石灰。
胡椒。
土。
混ぜて、投げる。
走馬が、反応する。
顔を逸らす。
呼吸を止める。
――だが、その動作が入る。
(入った)
私は、即座に距離を詰めない。
釣り野伏。
逃げる。
誘う。
追わせる。
忍びは、追われているときほど強い。
シンは、楽しそうに追ってくる。
速度が上がる。
踏み込みが深くなる。
(踏みすぎ)
次。
逆木。
折った枝を、
尖らせて、地面に突き立てる。
即席。
粗末。
だが、
“踏めない場所”が、また一つ増える。
空間が、削れる。
私は、飛ぶ。
空を蹴る。
天井はない。
壁走り。
実在した忍術。
現実でやるには、かなり無茶。
だが、
俊足の丸薬が、まだ効いている。
壁を、横に走る。
シンの視線が、上に向く。
その瞬間。
含み針。
また、地味。
だが、
距離が近い。
当たらない。
当てない。
視界に、入れる。
走馬が、
“死なない未来”を探す。
その思考の隙間に、
私は――消える。
隠れ身の術。
完全に消えるわけじゃない。
気配を、削る。
呼吸。
体温。
視線。
すべてを、地面に落とす。
シンが、立ち止まる。
「……」
探している。
私は、背後にいる。
だが、斬らない。
抱きつかない。
代わりに――
耳元で息を吐く。
それだけ。
走馬が、反応しかけて――
止まる。
(殺意が、ない)
私は、次の行動へ。
蜘蛛走り。
低姿勢。
四肢で移動。
人間の形を、捨てる。
シンの拳が、
空を切る。
その下を、潜る。
関節技。
限界を超えた怪力を前に、
痛みを情報として確かに残す。
時間が、流れる。
息が、乱れる。
どちらのものか、分からない。
私は、まだ試す。
遁術で生まれた水場を利用した水蜘蛛。
水面を、踏む。
ほんの一瞬だが行動パターンが変化する。
空間の定義が、また一つ壊れる。
シンは、笑っている。
本当に、楽しそうに。
「まだ、やるか」
「うん」
即答。
私は、汗だくで、
筋肉は悲鳴を上げて、
関節は、限界に近い。
何度も何度も丸薬で全回復をするも、
回復が追いつかない。
それでも。
私は、やめない。
“効かなかった術”を組み合わせる。
削る。
積む。
ずらす。
一つずつ。
シンの動きが、
ほんの僅かに、読めるようになる。
それは、勝ちじゃない。
だが――
対応できている。
私は、また構える。
次の忍術を、思い出す。
生前にあった。
確かに、存在した。
――そして、
まだ、試していない術を。
私は、笑わない。
ただ、
一歩、踏み出す。
忍びは、
最後まで、試す。
終わるまで。




