シン(中)
合意が成立した瞬間、
世界が薄くなる。
音が削がれ、
色が落ちる。
当事者だけが残る、魔法対戦の領域。
シンは、構えない。
足を引かず、
拳も上げない。
ただ、立っている。
(身体強化は常時)
私は距離を測る。
三歩。
四歩。
(走馬。騎乗系――)
地上戦を想定。
低く、速く、詰める。
私は動く。
床を蹴る。
空を蹴る。
同時に、粉末を散布。
視界阻害。
位置誤認。
――間に合う。
はずだった。
シンの姿が、そこにない。
消えた、のではない。
跳んだ、でもない。
最初から、いなかったかのように、
私の攻撃線から外れている。
(……?)
私は回転し、クナイを放つ。
直線。
確実。
だが――
クナイが、空を切る前に、
シンはもう一歩、横にいる。
速い?
違う。
(反応している?)
否。
反応しているなら、
“間”が生まれる。
これは、
選択が先にある動きだ。
私は紐を張る。
罠を起動。
足首を取る構成。
だが、踏まれない。
正確に、
罠の“ない場所”だけを選んで進む。
(……見えてる?)
見えているなら、
罠が意味をなさない。
だが、
見えている“感じ”がしない。
シンは、淡々と距離を詰めてくる。
拳が来る。
私は変わり身。
――成立。
……したはずなのに。
入れ替わった木片が、
砕ける前に、
シンの拳は、すでに次の位置にある。
(おかしい)
私は後退し、煙を撒く。
視界は、完全に断たれた。
それでも。
足音が、迷わない。
煙の“薄い”ところを、
正確に踏み抜いてくる。
「……」
私は、初めて舌打ちした。
(走ってない)
(反射でもない)
(じゃあ、何だ)
次の瞬間。
シンの拳が、
私の頬を掠めた。
――当たっていない。
だが、
空気が、裂けた。
身体強化。
もし直撃していたら、
骨が持たなかった。
私は距離を切る。
空中で、姿勢を立て直す。
その間も、
シンは追ってこない。
待っている。
(待てる……?)
その余裕が、
異常だった。
私は、ようやく気づく。
(走馬……)
(これは、騎乗じゃない)
(死)
その単語が、頭をよぎった瞬間。
理解が、切り替わる。
――走馬灯。
死に直面したとき、
人は、思考が加速する。
それを、
常時・設計として使っている。
(……最悪だ)
これは、
速さでも、強さでもない。
間違えない能力だ。
シンは、私を見る。
「不思議そうだな?」
静かな声。
誇りも、嘲りもない。
「俺は視えている」
走馬。
死のイメージをトリガーに、
超高速思考。
超反射行動。
だから――
「外さない」
私は、息を整える。
即興が、通じない相手。
忍術の“読み”が、
ことごとく先回りされる。
それでも。
私は、口元をわずかに緩めた。
(なるほど)
(じゃあ――)
死なない攻撃なら、きっと見えない。
私は、次の巻物に指をかける。
これは、
“殺さない”戦いになる。




