シン(前)
プッコに背を向ける前、
私は一言だけ残した。
「……またくる」
それで十分だった。
プッコは、嬉しそうに手を振っていたが、
私はもう見ていない。
扉のない巨大な箱を出ると、
街の空気が、少しだけ張りつめていた。
次は、音。
それが、レイザーの想定だった。
「本来なら、次は“音”のやつだ」
歩きながら、彼はそう言った。
「派手で、うるさくて……
生きてるって主張が強いやつだ」
「……だった?」
私が聞くと、
レイザーは言葉を濁した。
「ああ。
……だった、はずなんだが」
その時。
空気が、割れた。
音ではない。
衝撃でもない。
ただ――圧。
前方に、男が立っていた。
いつから、そこにいたのか分からない。
現れた、という感覚すらない。
気づいた時には、
“そこにいる”。
背は高い。
体格は、均整が取れている。
余計な装飾はない。
武器も、見当たらない。
それなのに。
レイザーの呼吸が、わずかに乱れた。
男は、こちらを見る。
正確には――
私を見る。
「貴様が」
低い声だった。
「イトを屠ったか」
私は、答えない。
ただ、頷いた。
それだけで、
男の視線が、わずかに鋭くなる。
次の瞬間。
アイズが、警告を発した。
【対戦Lv:3 合意申請】
――早い。
情報が、ない。
それなのに、
こちらの存在を正確に把握している。
私は、一歩だけ下がる。
拒否。
申請を、弾く。
男は、気にした様子もなく言った。
「賢明な判断だ」
声は、淡々としている。
「だが」
一歩、踏み出す。
距離が、詰まる。
「俺は、お前を逃がすつもりはない」
名乗りが、遅れて来た。
「俺の名は、シン」
そして、続ける。
「“使っている”アセットは、三つだけだ」
三つ。
それは、この世界では異常だ。
「身体強化」
「完全耐性異常」
「走馬」
短く、区切る。
誇示ではない。
説明だ。
「ほしい情報は、そろっただろう」
再び、アイズが反応する。
【対戦Lv:3 合意申請】
「受けろ」
レイザーが、息を呑む。
常時発動。
“使っている”という言い方。
切り替えではない。
解除されない設計。
――単純。
だが、無駄がない。
「俺は」
シンは、真っ直ぐに言った。
「強い奴を倒したい。
それだけだ」
欲もない。
歪みもない。
ただ、刃のような思考。
私は、少しだけ目を細める。
強敵は、屠る。
忍びの結論は、変わらない。
私は、合意にチェックを入れた。
世界が、切り替わる。
当事者だけの空間。
シンの足元で、
地面がわずかに沈む。
身体強化。
次の瞬間――
激闘が、始まった。




