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シノビナイト★ ~世界最弱と判定された少女は、忍術で本気だす~  作者: PP
壱乃巻:施設

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面白い

面白い。


そう感じた瞬間、私はまだ霧の中にいた――はずだった。


霧隠れの術。

視界を遮り、気配を断ち、世界から自分を消すための、何度も何度も反復してきた忍術。

煙の粒子が肌にまとわりつく感触も、肺の奥まで空気を送り込まない呼吸も、確かにそこにあった。


失敗する理由は、なかった。


なのに。


次に目を開けたとき、世界は白に塗り潰されていた。


白い天井。

白い壁。

白い床。


境界線のない、影の薄い空間。

清潔で、均一で、あまりにも無関心な色。


「……は?」


声を出そうとして、違和感に気づく。

喉が軽すぎる。

身体が、妙に軽い。


嫌な予感がして、私は自分の手を見る。


小さい。

細い。

血管も、筋も、鍛えた痕跡がない。


知らない手。


なぜ私は倒れているのか。

なぜ、ここにいるのか。


その疑問を形にする前に、私ではない記憶が、内側から流れ込んできた。


――マジックアース。

――シノ。

――十歳。

――施設。

――十二歳で放出。


「……なに、これ」


情報は多いのに、感情が追いつかない。

頭が割れそうな感覚があるのに、痛みは存在しない。


心拍数は一定。

呼吸も乱れていない。


(……制御されてる?)


その瞬間、視界の端に淡い緑色の線が走った。

現実に重なるように、しかし現実とは違う層に。


(……アイズ?)


知らない単語。

でも、意味だけが正確に理解できる。


これは、この世界で生きるための“目”。

世界に触れるための、標準装備。


私はベッドから降り、床に足をつけた。

その瞬間、空気が微かに揺れた。


「――?」


部屋の入り口に、誰かが立っている。


人の形をしている。

だが、立ち方が正確すぎる。

視線の動きに、迷いがない。


表情はある。

けれど、そこに感情が宿っている気配はなかった。


(……ロボット?)


混乱した思考の中で、それがこの施設の**看守(職員)**であると理解する。

理解させられている、と言った方が正しい。


「起床を確認。体調チェックを開始します」


淡々とした声。

命令でも、提案でもない。

ただの処理。


私は反射的に、一歩下がった。


その瞬間――

身体が、勝手に動いた。


息を殺す。

重心を落とす。

影に寄り、壁と視線を重ねる。


忍び足。

隠れ身。


「……?」


看守の視線が、私を素通りした。


(できる……?)


ほんの一瞬、心臓が高鳴る。

それは安堵じゃない。


確認だ。


ここがどこであろうと。

私が誰であろうと。


忍術は、通じる。


――それでいい。


その直後、視界に赤い表示が割り込んだ。


《警告:空腹度が危険域に到達しています》


「……空腹?」


確かに、胃の奥が空っぽだ。

でも、つらくない。

飢えが思考を鈍らせない。


(飢えすら、管理されてるのか)


私は床にしゃがみ、目を閉じた。


忍び飯。

最低限の栄養を、最小の形にまとめた携行食。


派手さはいらない。

長く動ければいい。


イメージを固める。

丸く、小さく、無駄を削ぎ落とす。


緑の線が、空中で絡み合った。


「……できた」


掌に乗る、黒っぽい丸薬。

私は躊躇なく口に放り込む。


味は、最悪。

でも、身体は即座に応える。


《空腹度:安定》


「便利な世界だ」


感情を込めずに呟く。

誰に聞かれるでもなく、誰も反応しない。


――便利すぎる。


翌日。


広い部屋に集められた子どもたちは、皆同じような顔をしていた。

不安でも、期待でもない。


無関心だ。


生きるために必要なものは、すでに全部与えられている。

この場にいる理由は、ただ一つ。


――退屈しないため。


教官役の管理者は、感情の抑揚もなく言った。


「魔法とは、娯楽です。

 マジックアースにおける、最も分かりやすく、熱中できる遊びです」


娯楽。


人を焼き、砕き、縛り、貫く力を、そう呼ぶ。


誰も疑問に思わない。

誰も顔をしかめない。


私は、隣の子のアイズを見る。


緑色の線が、視界の中で走っている。

それは、絵を描くみたいに丁寧だった。


――魔造。


頭の中のイメージを、世界に干渉できる形へと清書する工程。

輪郭を整え、出力を限定し、余分な意味を削ぎ落とす。


(……設計図、か)


次に、その線へ別の線が重なる。


――魔加。


威力の調整。

範囲の指定。

痛覚情報のオン・オフ。


まるで、

どう壊すかを選ぶメニューだ。


そして。


線が、確定する。


――魔行。


世界に適用。

実行。

現実化。


最後に、光が一瞬だけ揺れた。


――アセット。


成功した結果を保存し、

次からは考えずに使えるようにする。


私は、ぞっとした。


「……」


これ、遊びだ。


殺し方を、

失敗しないように保存する遊び。


管理者は続ける。


「アセット化された魔法は、安全です。

 暴走は起きません。

 想定外の挙動もありません」


つまり。


考えなくていい。

想像しなくていい。

責任も、ない。


「では、模擬戦を行います。Lv1です」


拍手。

歓声。

期待。


私は、それを眺めながら思った。


「……これ、勝つ気ないよね?」


隣の子が、不思議そうに首をかしげる。


「派手なほうが勝ちでしょ?

 観てて楽しいし」


「……そっか」


理解した。


ここでは、

どれだけ上手く殺せるかじゃない。


どれだけ綺麗に見せられるかだ。


違う。


忍びは、

見せた時点で負けだ。


順番が回ってきた。


私は、アセットを使わなかった。


保存された“正解”なんて、信用できない。

忍術は、状況ごとに変わる。


私は目を閉じ、

火遁のイメージを掴む。


燃やす。

焼く。

相手を、排除する。


――瞬間。


緑の線が、勝手に走った。


(っ……!)


魔造を飛ばして、

イメージが一気に魔行へと押し上げられる。


強すぎる。


火遁の炎は、相手だけを想定していなかった。

床も、壁も、空気も。


そして――


私自身も。


「――っ!」


視界が、白熱する。


炎は拡散し、

施設という空間そのものを焼き尽くそうと膨張した。


(まずい……!)


これは忍術じゃない。

ただの、破壊衝動だ。


次の瞬間。


世界が、止まった。


炎は霧散し、

熱も衝撃も、なかったことになる。


私は床に転がっていた。


「……?」


身体を確認する。


無傷。

火傷も、痛みも、ない。


管理者が淡々と告げる。


「治癒処理は完了しています」

「フェムトデバイスにより、被害は制御されました」


制御。


つまり。


全てを焼き尽くそうとした私も、

焼かれるはずだった相手も、


等しく、無かったことにされた。


死なない。

壊れない。

失敗すら、保存されない。


(……なるほど)


この世界は、安全すぎる。


だから。


殺す覚悟が、育たない。


数日後。


私は忍具を作り、忍術を試し、

それでも模擬戦では勝てなかった。


派手じゃない。

分かりづらい。

観ていて、楽しくない。


「今回の勝者は管理者」


当然の結果。


私は、静かに息を吐く。


(忍びは、評価されなくていい)


十二歳になれば、ここを出る。


それまでに、やることは決まっていた。


この世界で、忍術が通じるか。

――いや。


この世界で、“管理されない殺し”が可能か。


それを、確かめる。


霧は、まだ濃い。

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