第九十三話:ミオの決断
霊園からの帰り道、ミオが向かったのは復興のシンボルとなった探索者協会本部、その最上階だった。
そこには、かつて「世田谷の事故物件」をミオに押し付けた鬼瓦教官や、今や協会の顔となったルナ、そして公務の合間を縫って駆けつけた九条院が待っていた。
「……折原。本当に、いいんだな?」
鬼瓦が、いつになく真剣な、そして寂しそうな声で問いかける。机の上には、ミオが先ほどまで持っていた「特級探索者証」が置かれていた。
「はい。……私、お掃除はもう十分やりました」
ミオは真っ直ぐに彼らを見つめた。 かつては芋ジャージを震わせ、幽霊に怯えていた少女の瞳には、迷いのない意志が宿っている。
「もちろん、もしまた世界が危なくなったら、全力でお掃除に駆けつけます。でも……今は、ただの『折原ミオ』として生きてみたいんです。師匠たちが守りたかった、この世界をちゃんと自分の足で歩いてみたいから」
「……ミオさんらしいですわ」 ルナが目尻を拭いながら微笑んだ。 「私たちは、貴方が守ったこの平和な日常を、全力で維持していきます。……だから、貴方はどうぞ、一番幸せになってくださいませ」
「ふん。まあ、妥当な判断だ」 九条院が腕を組み、窓の外の街並みを見下ろす。 「お前のような規格外がのさばっていては、僕が作る新しい法の秩序が乱れるからな。……大人しく、その辺のスーパーの特売にでもうつつを抜かしていろ」
不遜な言い方だが、それが九条院なりの「お疲れ様」であることを、ミオはよく知っていた。
「一ノ瀬くんにも、よろしく伝えておいてね」
「ああ。あいつは今、Sランクの任務で海外だが……きっと、笑って頷くはずだ。あいつが一番、お前の幸せを願っていたからな」
ミオは深く頭を下げ、部屋を後にした。 エレベーターを降り、ロビーに出ると、そこにはかつて自分が救った探索者たちや、ミオに憧れて門を叩いた若者たちが溢れていた。 誰も、彼女が「最強」を返上したばかりの少女だとは気づかない。 自動ドアを抜けると、夕暮れ時の街が広がっていた。 ミオは、もうカードの入っていない空のポケットを叩き、大きく伸びをした。
「……さて。今日の夕飯、何にしようかな」
最強の探索者は、今、この瞬間に引退した。 けれど、折原ミオの「本当の物語」は、ここから始まろうとしていた。




