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第九十二話:師匠たちの墓参り


 季節は巡り、柔らかな春の風が世田谷の街を吹き抜けていた。  ミオは小さなリュックに、お線香と、たっぷりの肉が入ったお弁当、そして上等な日本酒を一瓶詰め込んで、電車に揺られていた。


 向かった先は、都心から少し離れた静かな公営霊園。  あの日、師匠たちの過去を調べ尽くした九条院が、独断で(しかし彼なりの最大限の敬意を込めて)用意した三人の供養塔がそこにある。


「……ここだ」


 並んで建つ三つの新しい石碑。そこには、二十年前に命を落とした「獅子王剛」「周防怜二」「影縫忍」の名が、静かに刻まれていた。


「お久しぶり。……ううん、毎日心の中でお喋りしてるから、そんな感じしないね」


 ミオは手際よく掃除を済ませると、お線香に火をつけた。  獅子王の石碑には特盛りの唐揚げを。  周防の石碑には丁寧に淹れたコーヒーを。  影縫の石碑には、彼が好きだった甘い和菓子を供える。


「一ノ瀬くんね、Sランクの仕事が忙しくて、全然遊んでくれないんだよ。ルナちゃんは新入生をシゴきすぎて『氷の女王』って呼ばれてるみたいだし。……九条院くん? あの人はもう、テレビで見ない日はないくらい有名な政治家になっちゃった」


 ミオは石碑の前に座り込み、自分のお弁当を広げた。  かつての食卓のような騒がしさはない。けれど、目を閉じれば、隣で獅子王が肉を奪い合い、周防がその行儀の悪さをたしなめ、影縫がいつの間にかお菓子を口に運んでいる――そんな光景が鮮やかに浮かぶ。


「……私、決めたんだ」


 ミオは、大切に持ってきた特級探索者証を取り出した。  太陽の光を反射して輝くカード。世界中の探索者が夢見るその証を、ミオはそっと石碑の間に置いた。


「この力は、みんなから貰った宝物。……でもね、私はこの力で戦うよりも、みんなが守りたかった『平和な毎日』を、精一杯生きてみたいの。……だから、これは一度、みんなに預かってもらうね」


 それが、ミオなりの「区切り」だった。  いつまでも過去に縛られるのではなく、彼らが命を懸けて繋いだ未来を、一人の人間として楽しむこと。


 帰り際、ふと振り返ると、三つの石碑の周りに、名もなき野花が風に揺れていた。  まるで「勝手にしろ」と笑う獅子王の声や、「賢明な判断です」と頷く周防の微笑み、そして「……元気でな」と呟く影縫の気配が、春の陽だまりの中に溶けているようだった。


「さよならは言わないよ。……行ってきます、師匠たち!」


 ミオの足取りは軽く、その背中は春の光に包まれていた。

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