第九十話:不滅の守護者
月日は流れ、世界は劇的な復興を遂げた。
新宿の決戦から数年。かつての瓦礫の山は最新のビル群へと姿を変え、ゲートの脅威は「管理可能な自然災害」として定着しつつあった。
探索者という職業が一般化し、最新の装備に身を包んだ若者たちがメディアを賑わせる中、探索者界隈では一つの「都市伝説」が語り継がれている。
『世田谷には、絶対に勝てない"管理人"がいる』
どんな大型の魔獣も、どんな予測不能なゲートの暴走も、その区域に入った瞬間に「お掃除」されてしまう。
現場に残されているのは、決まって紫色の布切れの繊維と、信じられないほど綺麗に片付けられた戦場跡だけ。
その伝説の主、折原ミオは――相変わらず、世田谷の古い平屋にいた。
「……よし、今日もお掃除完了!」
庭の古井戸の周りを掃き清め、ミオは腰を叩いて立ち上がった。
かつてのあどけなさは消え、落ち着いた大人の女性の雰囲気を纏っているが、その身に纏っているのは、継ぎ接ぎだらけの「あの芋ジャージ」のままだ。
「ミオさん、また勝手に出動したでしょう」
庭の生垣から顔を出したのは、今や探索者協会の幹部候補として多忙な日々を送るルナだった。
その後ろには、一流の指導者として名を馳せる一ノ瀬の姿もある。
「えへへ、ちょっと近所にゴミ……魔獣が出たからさ」
「ちょっと、ではありませんわ! あなたが動くたびに、若手探索者たちが『俺たちの仕事がない』って泣いているんですからね」
ルナの小言に苦笑いしながら、ミオは井戸の底から伸びる「三本の光の樹」を見上げた。
かつての苗木は、今や美しい銀色の葉を茂らせる立派な神木となり、折原家全体を柔らかな結界で包み込んでいる。
その樹の下に、幻のような三人の影が揺れた。
ミオが拳を握れば獅子王の剛力が風を呼び、思考を巡らせれば周防の英知が冴え渡り、一歩踏み出せば影縫の静寂が寄り添う。
「……ねえ、みんな。私、ちゃんとやれてるかな」
ふと漏らした呟きに、直接の返事はない。
けれど、三本の樹がサワサワと風に揺れ、まるでお節介なほどに賑やかな笑い声が聞こえてくるようだった。
「ミオ先生。また次のゲート予報が出ています。……行きますか?」
一ノ瀬の問いに、ミオはニカッと、かつての師匠たちにそっくりな豪快な笑顔で答えた。
「もちろん! 世界がピカピカになるまで、私のお掃除は終わらないからね」
彼女は一歩、地を蹴った。
その背中は、もはや誰の影も追っていない。
三人の師匠たちが魂を削って育て上げた、世界で唯一無二の、最高に「不滅」な英雄の背中だった。
ミオが晴れやかな表情で空を見上げれば、
そこには三つの雲が、どこまでも続く青空を悠々と泳いでいる。
折原ミオの「お掃除」は、これからもずっと、この空の下で続いていく。




