第八十六話:魂の統合
何かが変わった感覚を、ミオ自身も肌で感じていた。
これまでのミオの戦いは、いわば「三つの流派の切り替え」だった。
「ここは獅子王師匠の力」
「次は周防さんの知識」
「危なくなったら影縫じいじの歩法」。
それは頭の中に三人の師匠が独立して存在していたからこそできた、天才的な「模倣」と「代行」に過ぎなかったのだ。
だが、今の脳内に彼らの声は響かない。
代わりに、ミオの血肉そのものが、彼らの意志を一つに溶かし合わせる「炉」となっていた。
「……バラバラじゃ、あの魔獣たちには勝てても、本当の平和は守れない」
朝の冷気が満ちる折原家の庭で、ミオは静かに構えをとった。
かつてのように「どの技を使おうか」と悩むことはない。
ただ、目の前の空間をどう「掃除」すべきかだけを考える。
獅子王の剛力は、ただ力ませれば隙を生む。
周防の魔力操作は、理屈に頼りすぎれば速度を失う。
影縫の歩法は、隠れることだけを考えれば決定打を欠く。
「剛を柔で包んで、影を光で導く……。三人の教えは、最初から全部つながってたんだ」
ミオがゆっくりと拳を突き出す。
その拳は、獅子王のような破壊力を秘めながら、周防のような無駄のない円を描き、影縫のような予兆のない静寂を纏っていた。
――ズンッ!!
空気を突いただけで、前方の空間が目に見えて歪み、真空の衝撃波が庭の木々を揺らした。
音すら置き去りにする、静かで、けれど圧倒的な「理」。
三つの流派を使い分けていた頃の「継ぎ目」が完全に消えた。
獅子王の熱、周防の冷徹、影縫の闇。
それらがミオという個性を触媒にして、一つの新しい流派――「折原流」として結晶化した瞬間だった。
(……あ。今、三人が同時に頷いた気がした)
ミオは自分の拳を見つめ、静かに微笑んだ。
かつては三人の誰かが欠ければ崩れていたバランスが、今はミオの心臓の鼓動一つで完璧に制御されている。
そんなミオの元へ、探索者協会から一通の緊急要請が届く。
かつての決戦の地、新宿の地下最深部――アルカディアが遺した巨大な霊素の「残滓」が、放置されたゲートのエネルギーを吸い上げ、再び世界を塗り替えようとしているという。
「……よし。師匠たちと一緒に、本当のお掃除、行ってくるね」
ミオは、もう震えなかった。 一人であり、四人でもある。
不滅の魂を宿した守護者の足取りは、かつてないほどに力強く、世田谷の家を後にした。




