第八十五話:戦いの意味
仲間たちの支えで立ち上がり、自らの弱さと向き合ったミオは、再び「現場」に立っていた。
場所は、復興が遅れている旧市街の境界線。ダンジョンゲートは閉じられたものの、地上に取り残された魔獣の残党が、避難民のキャンプを脅かしているという報告が入ったからだ。
「……あそこにいる」
ミオの視線の先には、複数の大型魔獣が瓦礫をなぎ倒しながら進んでいた。
かつてのミオなら、その巨体を見ただけで足がすくみ、「師匠、どうすればいい?」と泣きついていただろう。
だが、今のミオは違う。
彼女はゆっくりと芋ジャージの袖をまくり、一歩、また一歩と魔獣たちの前に進み出た。
「グルルル……!」
魔獣がミオに気づき、猛然と突進してくる。大地を揺らすその突進を、ミオは逃げも隠れもしない。
「……獅子王師匠。見てて」
ミオは深く腰を落とし、拳を引いた。
かつてのように「怖さを忘れるため」に暴れるのではない。目の前で震えている人たちの、当たり前の明日を守る。その明確な意志が、彼女の霊素を黄金色に染め上げる。
「――折原流・剛破!」
放たれた一撃は、魔獣の突進を真っ向から受け止め、その巨体を空中で爆散させた。
「ガアッ!?」
残りの魔獣たちが困惑し、一斉にミオを取り囲む。四方八方からの鋭い爪。
ミオは目を閉じることなく、全ての軌道を「視て」いた。周防から叩き込まれた、戦場を俯瞰する冷徹な知略。それが今、ミオの直感と混ざり合い、最適な回避ルートを導き出す。
「周防さん、教えてくれた通り……無駄は全部削ぎ落とすよ」
ミオの体は、まるで木の葉が風に舞うように、魔獣たちの猛攻を紙一重ですり抜けていく。そして、最小限の動きで急所を穿ち、一体、また一体と「お掃除」を完了させていく。
最後の魔獣が、恐怖を感じたのか影に潜んで逃げようとした。
しかし、その「影」こそが、今のミオにとっては自分の庭も同然だった。影縫から受け継いだ、世界と一体化する隠密の歩法。
「……じいじ。影は、孤独じゃないんだよね」
ミオは自らの影に溶け込むように姿を消し、次の瞬間には魔獣の喉元に手を添えていた。
無音の衝撃が、魔獣の存在そのものを刈り取る。
戦いが終わった。 キャンプにいた人々が、呆然としながらも、やがて歓声を上げてミオに駆け寄ってくる。 「助かった……! ありがとう、探索者さん!」
その感謝の声を聞きながら、ミオは自分の右拳を見つめた。 (私、わかったよ……)
強さは、誰かを踏みにじるためのものではない。 ましてや、師匠たちの顔色を伺うためのものでもない。 この力がなければ失われていたはずの命が、今、目の前で笑っている。その「日常」を繋ぎ止めることこそが、師匠たちが生涯をかけて行ってきた戦いの意味だったのだ。
「……ううん、お礼なんていいよ。これでお掃除完了だから!」
ミオは照れくさそうに笑い、ボロボロになった芋ジャージの砂を払った。
誰に命令されるでもなく、誰に頼るでもない。
一人の守護者として、ミオは自分の意志で戦場に立つ決意を固めた。それは、かつての「泣き虫な弟子」としての卒業であり、不滅の意志を継ぐ「折原流・当主」としての、本当の産声だった。




