第七十八話:別れの時
アルカディアという絶望が消え去り、崩壊する地下神殿に静寂が戻った。 「完全同化」を解いたミオの肉体から、眩い白銀の光が剥がれ落ちていく。それは同時に、彼女を支え、共に戦ってきた三人の魂が、その役割を終えて離れていくことを意味していた。
意識の混濁の中で、ミオは真っ白な精神世界に立っていた。 そこには、透き通り始めた三人の師匠たちの姿がある。
「……おっと、もう限界か。流石に神殺しは骨が折れたぜ」
獅子王が、いつものように豪快に笑いながら自身の腕を見つめた。その指先から、黄金の粒子がこぼれ、空へと溶け始めている。
「獅子王さん……! 消え始めてるよ、ねえ、何とかして周防さん! 影縫じいじ!」
「……ミオ、最後に一つだけ言っておく」
獅子王が、取り乱すミオの言葉を遮るように一歩踏み出した。その表情は、かつてないほど穏やかな「師」の顔をしていた。
「……何?」
「お前は、俺の最高の弟子だ」
「……師匠……」
「最初会った時は、ひょろひょろの、幽霊にビビって泣いてるだけのガキだったお前が……まさか、こんなに強くなるなんてな。……っ、ガッハッハ! 師匠冥利に尽きるってもんだ!」
獅子王が胸を張る。その体は、すでに膝から下が光の霧と化していた。
「それは……師匠が、めちゃくちゃな修行でも、見捨てずに教えてくれたから……っ」
ミオの視界が涙で歪む。
「違う。お前の努力だ。お前の意志だ。俺はただ、お前の背中をちょっと強めに押しただけだ」
獅子王の霊体が、ほぼ透明になり、背景の白に溶け込んでいく。
「なあ、ミオ。約束してくれ」
「……何を?」
「これからも、強く生きろ。拳を振るう力だけじゃねえ。心だ。誰かを守れる、強い人間であり続けろ」
「……うん! 約束する!」
「それとな……たまには、肉以外も食えよ。野菜も大事だぞ。周防の小言もうるせえしな」
「……ふふっ、あはは……っ」
ミオは涙を浮かべながら笑った。最後までこの人は、筋肉と健康と、ミオの日常のことばかりを言っている。
「そうだ、その笑顔だ。強さってのは、誰かの……そして自分自身の笑顔を守るためにあるんだ。忘れんなよ」
「忘れない……絶対に、忘れないから……!」
「よし。じゃあな、ミオ。……お前と出会えて、最高だったぜ」
獅子王が力強く親指を立てた。その瞬間、彼の霊体は弾けるような黄金の粒子となって、空へと昇っていった。
「獅子王さん!!」
ミオが伸ばした手は、温かな光の余韻をかすめるだけで、何も掴むことはできなかった。 自分を導いてくれた、太陽のような一番身近な背中が消えた。
だが、別れはまだ終わらない。 静かに佇んでいた周防が、ゆっくりとミオの方へと歩み寄ってきた。




