第七十七話:神殺し
眩い白光が収束し、地下の深淵に静寂が戻った。
アルカディアという巨大な影は霧散し、彼が維持していた異界の構造も崩れ去った。代わりに残ったのは、天井から差し込む一筋の陽光。地上で封印が修復され、空の「穴」が閉じた証だった。
「……ぁ、……ぅ……」
ミオは、冷たい石の床に力なく横たわっていた。 全身を焼き尽くすような喪失感。完全同化を解いた代償として、魂の半分を削り取られたような激痛が彼女を襲う。だが、何より苦しいのは、あれほど騒がしかった脳内が、耳が痛くなるほどの静寂に包まれていることだった。
「……ししょ、う……?」
掠れた声で呼んでみる。 返ってくるのは、自分の虚しい呼吸音だけだ。
「……筋肉、師匠……? ……メガネ、さん……? ……影の、じいじ……?」
ミオは震える指先で、床に転がる自分の影をなぞった。影縫はもう、そこから現れない。筋肉に力を込めても、獅子王が背中を押してくれる感覚はない。目を閉じても、周防が導いてくれる銀色の数式は浮かばない。
「……あ、……あぁぁ……」
ミオは顔を覆い、子供のように声を上げて泣いた。 世界は救われた。日本中の人々が、今この瞬間、救いの光に涙しているだろう。けれど、ミオにとっては、大好きだった「家族」が、この広い世界から一気に三人とも消えてしまったのだ。
その時、地上から慌ただしい足音が聞こえてきた。
「ミオさん! ミオさん!!」 「折原! 無事か!!」
瓦礫を掻き分け、一ノ瀬、ルナ、そして九条院たちが飛び込んできた。彼らの顔は泥と血で汚れ、体中傷だらけだったが、ミオの姿を見つけると安堵の表情を浮かべた。
「ミオさん……! よかった、生きて……」 ルナが駆け寄り、ミオの体を抱きしめようとする。だが、ミオはただ虚空を見つめたまま、涙をボロボロと零し続けた。
「……ルナちゃん。……いなくなっちゃった……」 「え……?」 「……いなくなっちゃったの。……みんな、……私を置いて……行っちゃった……っ」
ミオの慟哭に、一ノ瀬たちは言葉を失った。 彼らは知っていた。ミオの強さの源が、その不思議な「師匠たち」との絆にあったことを。そして、この勝利がどのような代償の上に成り立ったのかを。
背後に立っていた剣聖ガルドが、静かに歩み寄り、腰の刀を鞘に納めた。 「……あやつらは、消えたのではない。お前という器の中に、永遠の安らぎを見つけたのだ」
「……うそだよ。……声も聞こえないし、……手も繋げないのに……」
「聞こえずとも、お前の肉体があやつらの技を覚えている。見えずとも、お前の心が、あやつらの教えを刻んでいる。……折原ミオ、お前はもう、一人ではない。お前自身が、あの三人の生きた『結晶』なのだ」
ガルドの声は厳しくも、どこまでも優しかった。 ミオは泣きじゃくりながら、自分の胸元――芋ジャージのちょうど心臓のあたりを、ぎゅっと掴んだ。 確かに、そこにはまだ微かな熱が残っている気がした。 それは魔力の残滓かもしれない。あるいは、ただの気のせいかもしれない。 けれど、ミオは必死にその熱を抱きしめた。
「……っ、……師匠。……私、……頑張ったよ。……お片付け、……ちゃんとできたよ……っ」
崩落した地下神殿の片隅で、少女は泣き続けた。 世界が再び平和を取り戻した、その最初の朝。 最強の探索者は、ただ一人の女の子に戻り、愛する人たちとの別れを噛み締めていた。




