第七十六話:完全同化
第七十六話:魂の継承
「完全同化」――。 それは、折原ミオという一人の少女の人生を、三人の師匠たちが命を懸けて繋ぎ合わせ、一つの「奇跡」へと昇華させる禁忌の儀式だった。
眩い光に包まれた精神の深淵で、ミオは三人の師匠たちと向かい合っていた。
「師匠たち……本当に……消えちゃうの?」
「ああ」 獅子王が、短く、だが力強く答える。
「もう……会えないの?」
「……おそらく」 周防が静かに目を伏せた。
「そんなの……寂しいよ……」
「ハハ、ミオが弱音吐くなんて珍しいな」 獅子王が豪快に笑う。だが、その輪郭はすでに透き通り始めている。
「だって……師匠たちがいなかったら、私……。お掃除も、生き方も、何もわからなかった。一人になっちゃう……!」
「お前は、もう大丈夫だ」
「大丈夫じゃない! まだ教わりたいことがたくさんある! まだ一緒にいたい! まだ……まだ……っ!」
ミオは声を上げて泣いた。最強の力を手にしても、その中身は師匠たちの背中を追いかけたいだけの、寂しがり屋な少女のままだった。
「……ミオさん。一つ、教えておきましょう」 周防が、慈しむような声で語りかけた。
「……何?」
「人は、二度死にます」
「……?」
「一度目は、肉体が滅びた時。二度目は、誰からも忘れ去られた時。……私たちは、肉体なき後、あなたの魂に寄生することで一度目の死を免れてきました。ですが……」
「つまりだ。お前が俺たちを覚えている限り、俺たちは生きてる」 獅子王が拳を突き出す。
「……お前の中に、俺たちは残る」 影縫が、ミオの震える肩をその冷たい、けれど確かな気配で支えた。
「……本当に?」
「ああ。お前が俺たちの技を使うたび、お前が誰かを守るたび、俺たちは生き続ける」
「ですから、お嬢さん。私たちのことを……忘れないでくださいね。あなたのその温かい心の中に、私たちの席を一つ、残しておいてください」
「忘れるわけない……! 絶対に、絶対に忘れない……!」
「……行こう、ミオ。最後の戦いだ」
「……うん」
ミオは涙を拭った。悲しみは消えない。けれど、その悲しみさえも「共に生きる」ための力に変えて、彼女は目を見開いた。
現実世界。 アルカディアが放つ絶望の雷光を、四位一体となったミオが軽く手を振るだけで霧散させていく。
「超越なんて、してないよ。……ただ、……みんなが、私を……抱きしめてくれてるだけ」
ミオが静かに構えを取る。シンクロ率、限界突破。 「――折原流・天地開闢」
一歩。ミオが踏み込んだ瞬間、世界から音が消えた。 獅子王の剛力が天を揺らし、周防の知略が世界の理を書き換え、影縫の隠密がアルカディアの「因果」を断ち切る。
「が、はっ……。そうか……。……私は、……君のような『食卓』に……交わりたかった……のか……」
アルカディアは光の粒となって解け、浄化されていった。同時に日本全土のゲートが閉じ、空に青さが戻る。
――世界は、救われた。
静寂が戻った地下深部。ミオの周囲を漂う三つの光が、最期の輝きを放つ。
「……まって。……いかないでよ……っ!!」
必死に空を掴むミオの手を、三人の気配が最後にそっと包み込んだ。
『……強くなったな。……もう、大丈夫だ』 『最高の、フルコースでしたよ』 『……元気で、な……』
光が消え、脳内は嘘のように静まり返った。 誰もいない地下の底で、芋ジャージの少女の慟哭だけが響き渡った。 だが、その心の中には、三人の師匠たちが残した「二度目の死」を拒む、消えない灯火が確かに宿っていた。




