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第七十四話:最深部への突入

 「四位一体クアトロ・シンクロ」。  それは、折原ミオという一人の少女の人生を、三人の偉大な師匠たちの魂が完全に塗り潰し、補完し合う禁忌の形態だった。


 白銀に輝くミオの瞳には、もはやアルカディアが展開する「因果の檻」も「空間歪曲」も、単なる複雑な「レシピ」のようにしか見えていなかった。


「……行くよ。獅子王師匠、周防さん、影縫じいじ」


 ミオが地を蹴る。影縫の隠密を極限まで昇華させた「因果跳躍」により、アルカディアが防壁を築くよりも早く、ミオはその懐へと潜り込んでいた。


「――お返しだよ。獅子王流・連環砕!」


 獅子王の剛力を宿した拳が、アルカディアの「存在の輪郭」を叩き潰す。一撃ごとに神殿が轟音を立てて崩落していく。圧倒的な優勢――だが、その最中に異変は起きた。


「師匠、次の攻撃パターンは? 右の空間を固定して……」


「……(ノイズが混じり、声が途切れる)」


「周防さん? 聞こえてる?」


 脳内アーカイブから常に響いていた知性的な声が、砂嵐のような雑音に飲み込まれていく。


「すみません……少し……霊素が……」


 ミオの視界の端で、常に冷静な演算を行っていた周防の霊体が一瞬、ノイズのように激しくブレて消えかけた。


「周防さん!? 嘘でしょ、どうしたの!」


「大丈夫です……まだ……持ちますから……。解析を、……再開、します……」


 だが、その声は羽虫の羽撃きよりも弱々しい。続いて、豪快に笑っていたはずの獅子王が、苦々しく吐き捨てた。


「チッ……。神殺しの出力に、俺たちの魂が耐え切れてねえ。……限界が近いみてえだな」


「……ミオ、覚悟を決めろ」


 影縫の冷徹な、けれど悲痛な響きを帯びた声が脳裏に刺さる。


「何を言って……。あと少しじゃない、みんなで帰るんだよ! 世田谷の家に!」


「俺たちは、もうそう長くは保たん。この戦いの結末が、我らの消滅だ」


「やめて! そんなこと言わないで!」


 ミオの叫びが神殿に木霊する。  初めて直面する、「師匠たちを失う」という恐怖。  当たり前に脳内にいて、当たり前に自分を叱り、導いてくれた存在。彼らがいなくなる世界など、ミオには想像もできなかった。足元が崩れ去るような絶望的な不安が、最強の力を振るうミオの心を浸食していく。


 だが、アルカディアはその隙を見逃さない。


「……ほう、神の力に器が耐えかねているか。滑稽だな、折原ミオ!」


 一方、地上では――。  「核」が震動する影響で、魔獣の群れは暴走を極めていた。  ボルグの盾は砕け、ルナの結界には亀裂が入り、一ノ瀬の剣は刃毀れしていた。誰もが「死」を覚悟したその時。


 地下から、日本全土を包み込むような、温かくて懐かしい「黄金の波」が溢れ出した。  ミオが無意識のうちに、自身の限界を越えて溢れ出す霊素を仲間たちへと分け与えたのだ。


「折原……。お前、中で一体何をやってるんだ……」  九条院が、地下へと続く穴を見つめて震える声で呟いた。


 最深部。  ミオは血の涙を流しながら、消えかかる三人の影を必死に抱きしめるように叫んだ。


「……消えさせない。絶対、お掃除して、みんなでご飯食べるんだから!」


 制限時間は、あと三分。  ミオの体から、黄金と白銀の霊素が、命を削る輝きを放ちながら螺旋を描いて渦巻き始めた。

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