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第七十一話:核への道


 世田谷。かつては閑静な住宅街だったその場所は、いまや巨大な霊素の渦が渦巻く「異界の心臓部」と化していた。


 中心に位置する折原家の跡地からは、天を衝くような黒い光の柱が立ち昇っている。その周囲を、見たこともない異形の門番ガーディアンたちが幾重にも取り囲んでいた。


「……いた。……あそこに、全部あるんだね」


 ミオは変わり果てた我が家を見つめた。  


かつて自分が芋ジャージでゴロゴロし、師匠たちが「修行だ!」「おやつはまだですか?」と騒がしく過ごしていたあの場所。そこが、いまや世界を滅ぼす「核」になっている。


 ミオが歩き出そうとした瞬間、空を覆い尽くすほどの魔獣が一斉に牙を剥いた。


「ここは通さないよ、折原!」


 背後から響いたのは、九条院の鋭い声だった。


見れば、九条院家が私財を投じてかき集めた重武装の探索者部隊と、満身創痍のボルグ、ヴィオラ、クロウたちが武器を構えていた。


「折原さんは先に行け! 露払いは、俺たちプロの仕事だ!」

「……ミオちゃん。……泣き腫らした顔も、たまには悪くないわ。……でも、最後は笑って、お片付けしてきなさい」


 ヴィオラのバイオリンが死の旋律を奏で、ボルグの咆哮が地を揺らす。

一ノ瀬の『一閃・千本桜』が魔獣の群れを切り裂き、ルナの『絶対領域』がミオに続く道だけを無傷で残した。


「……みんな……っ。……ありがとう。……いってきます」


 ミオは、もう声も出せなくなった師匠たちの「冷たい沈黙」を背負い、かつての中庭へと走り抜けた。


 崩壊した古井戸。その底には、本来あるはずのない「地下へと続く階段」が口を開けていた。一段降りるごとに、肌を焼くような濃密な霊素がミオを襲う。


「……っ、……師匠……、守って……」


 無意識に漏れた言葉。だが、返事はない。  いつもなら「これくらいのプレッシャーで弱音を吐くな!」と笑い飛ばしてくれた獅子王の熱血も、「呼吸を整えて、魔力抵抗値を上げなさい」と導いてくれた周防の冷静な声も、影からそっと肩の力を抜いてくれた影縫の指先も、どこにもない。


 階段を下りる自分の足音だけが、不気味に響く。  暗闇の中で、ミオは独りきりだった。  十六歳の少女が背負うには、あまりに重すぎる沈黙。


「……寂しいよ。……師匠。……お腹、空いたよ……」


 涙が階段のステップに落ちる。  だが、その時。ミオの胸の奥で、微かな「火」が爆ぜた。  


それは師匠たちの声ではない。彼らがこれまでミオに食べさせてきた、血の滲むような修行の記憶。ミオの筋肉に、骨に、細胞に刻み込まれた「彼らの生きた証」が、冷え切った彼女の体を内側から温め始めた。


「……ううん。……独りじゃない。……私の中に、……みんな、いるもんね」


 最下層へ辿り着いたミオの前に、巨大な石造りの扉が現れた。  そこには、かつてパパとママが命を懸けて維持していた、巨大な魔法陣が不気味に脈動している。


 扉の奥から、冷徹な気配が漏れ出してくる。  アルカディア。  


師匠たちを殺し、両親の人生を奪い、そして今、ミオの大切な仲間たちを傷つけている元凶。


「……ただいま。……パパ、ママ。……師匠。……私、……帰ってきたよ」


 ミオは、涙を拭った。  その目は、もう迷子の子供のものではなかった。    


芋ジャージの少女は、一人で巨大な石扉に手をかけた。

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