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第六十九話:剣聖ガルドの助力


 東京全域を覆っていた魔獣の群れは、ミオの凄絶な猛攻によって一時的に押し戻されていた。


しかし、その代償はあまりに大きかった。


「……は、ぁ……ひっ、……ぅ……」


 瓦礫の山に腰を下ろしたミオは、もう戦い方さえ忘れた子供のように、芋ジャージの膝を抱えて小刻みに震えていた。


いつもなら真っ先に「お腹空いた」と言うはずの彼女の口からは、ただ乾いた喘鳴と、止めどない嗚咽だけが漏れる。


「……ねえ、獅子王師匠……。……周防さん、影縫さん……?」


 掠れた声で呼びかけても、返ってくるのは冷たい風の音だけだ。


脳内にあったあの温かな気配は、いまや氷点下の水に浸かっているかのように遠い。視界の端に映る三人の姿は、背景の廃墟が透けて見えるほど朧げで、もはや声を発する力さえ残っていないようだった。


「……喋ってよ……。……バカだなって、……叱ってよ。……お願いだから……」


 ミオは、自分の影を必死に掴もうと地面を掻いた。


影縫がそこにいるはずなのに、指は冷たいアスファルトをなぞるだけ。ミオの精神は、限界をとうに超えていた。


「そこまでだ、娘」


 不意に、頭上から厳かな声が降ってきた。  顔を上げると、そこには抜けるような白髪をなびかせた老剣士が立っていた。伝説の探索者、剣聖ガルド。

かつてミオの師匠たちと共に数多の死線を越えた、生ける神話。


「……あ、……ガルド……さん」


「今の貴様は、剣を持つ者の顔ではない。ただの、迷子の子供だ」


「……そうだよ! ……ただの子供だよ! 怖いもん……っ。師匠たちがいない世界なんて、……何を食べても、きっと美味しくないよ……っ!」


 ミオは声を荒らげ、地面を拳で叩いた。その拳からは血が滲んでいるが、心の痛みの方がずっと鋭かった。  


ガルドは静かに、ミオの隣に腰を下ろした。その無造作な動作に、ミオはかつて獅子王が隣に座ってくれた時の幻影を重ね、また涙を溢れさせた。


「……私も、かつては師を失った。あの三人も、かつては誰かの弟子であり、誰かの別れを背負って強くなったのだ」


「……そんなの、知らないよ……。……私は、……みんなに、笑っててほしいだけなのに……」


「ミオ。彼らは消えるのではない。貴様の『肉』となり、『血』となるのだ」


 ガルドは、震えるミオの手を大きな掌で包み込んだ。 「見てみろ。貴様が震えているのは、恐怖のためだけか? 違う。……貴様の内側で、あやつらが必死に叫んでいるのだ。『まだ終わっていない』とな。……彼らの意志を、ただの悲しみで塗り潰す。それが、貴様の言う『お返し』か?」


 ミオの心臓が、ドクン、と大きく脈打った。  肉体が熱い。ガルドが触れた場所からではなく、もっと深い場所……胃の腑のあたりから、三人の師匠が最後に残そうとしている熱が、マグマのようにせり上がってくる。


『……ミオ。……泣くのは、……すべてを、片付けてからにしろ』


 脳内の隅で、影縫の震える声が響いた。それは命令ではなく、静かな願いのようだった。


「……ぅ、……ぐ、ぅ……」


 ミオは顔を上げ、涙を芋ジャージの袖で力任せに拭った。目は真っ赤に腫れ、声は枯れている。それでも、彼女の立ち上がる動作には、先ほどまでの絶望を飲み込んだ「殺意」にも似た決意が宿っていた。


「……ガルドさん。……剣、貸して。……ううん、見てて」


 ミオは、折れた魔剣の柄を握り直した。  まだ足は震えている。


けれど、背後に揺らめく三人の残滓が、杖となって彼女を支える。


「……全部、……全部お掃除する。……師匠たちが、……安心して、お昼寝できるように」


 ガルドが満足げに口角を上げた。 「往け、折原ミオ。……貴様はもう、誰の弟子でもない。……あやつらの生きた証、そのものだ」


 黄金の霊圧が、再び東京の空を焦がした。  だがそれは、以前のような無邪気な光ではなかった。  愛する者を喪う痛みを燃料に変えた、苛烈なる「継承者」の灯火だった。

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