第六十四話:アルカディアとの対峙
神殿の門を潜った先は、新宿の地下とは思えないほど広大で、静謐な空間だった。
天井の見えない闇の中、中央に鎮座する巨大な制御装置の前で、一人の男が静かにミオを待っていた。
白一色の法衣を纏い、神官のような清廉さを漂わせる男。エリュシオンの盟主、アルカディア。
「ようやく辿り着いたか、折原ミオ。そして……懐かしいな、獅子王、周防、影縫。二十年ぶりか」
その声が響いた瞬間、ミオの脳内で師匠たちの魂が激しく震えた。
『……こいつだ。この澄ました面を見忘れるはずがねえ。俺たちを後ろから刺した、卑怯者の面だ!』 『……アルカディア。……あなたが、全ての元凶だったのですね』
アルカディアは、かつて獅子王たちと共に戦った「伝説のSランク探索者」の一人だった。
しかし二十年前、彼は異世界の「門」を開き、全人類を霊素で強制進化させるという狂気的な理想に取り憑かれた。
それを止めようとした獅子王たちは、彼の手によって葬られ、その魂は門の封印を守るために「折原家の井戸」へと引き寄せられたのだ。
「私は人類を愛している。だからこそ、進化が必要なのだ。魔獣という試練を与え、それを喰らわせることで、人は神の領域へと至る。……折原夫妻も、それを理解していた。だからこそ、彼らは君を産んだのだよ」
「……嘘。パパとママは、あんたを止めるために私を産んだんだ」
「いいや。彼らは君を『器』にした。三人の英雄の魂を受け入れ、古井戸の門を安定して開くための『聖杯』としてね。君が今、こうして強くなれたのも、全ては二十年前から仕組まれていたことなのだ」
アルカディアが手を広げると、足元の床が鏡のように輝き、世田谷の古井戸と同期した映像を映し出した。
「さあ、ミオ。君という『鍵』がここまで熟した。君が私の傍に来るだけで、封印は完成する。新世界の創造に協力してくれないか? 君の才能があれば、新人類の頂点に立てる」
ミオは、じっと自分の手のひらを見つめた。
師匠たちの魂、両親の遺した封印、そしてエリュシオンが仕組んだ運命。 自分の人生のすべてが、誰かの作った「レシピ」通りだったのかもしれない。
だが、ミオはゆっくりと、いつものようにジャージの袖を捲り上げた。
「……あのね。パパとママが、私に一番最初に教えてくれたのは、封印の解き方じゃないよ」
「……何?」
「……『いただきます』って、心を込めて言うこと」
ミオの背後に、三人の師匠が実体化せんばかりの密度で現れる。
獅子王の剛勇、周防の英知、影縫の静寂。それらが、ミオの怒りと空腹感に溶け合っていく。
「……あんたの作った新世界なんて、不味そうだからいらない。……あんたの野望も、過去も、その歪んだ愛も……全部まとめて、私が平らげちゃうから」
「……交渉決裂か。残念だよ。……ならば、力ずくで『封印』を解かせてさせてもらう」
アルカディアが指を鳴らす。
空間が歪み、重力が逆転する。新宿の地下最深部で、世界を賭けた「最後の晩餐」が始まった。




