第六十三話:三位一体の覚醒
ネメシスの六本の機械腕が、複雑な幾何学模様を描くように動いた。
「――『クロノス・ラグ』」
その瞬間、ミオの視界が粘つくような違和感に支配された。
自分の腕が、足が、まるで水飴の中を動かしているように重い。
ネメシスの能力「時間遅延」。対象の体感時間のみを極限まで引き延ばし、回避不能の死を与える絶望の特殊スキルだ。
「遅いな、聖杯。これでは両親の仇も討てまい」
ネメシスの機械腕から放たれる霊素吸収の触手が、ミオの黄金の霊圧を強引に剥ぎ取っていく。
獅子王の剛力は空を切り、影縫の隠密は時間そのものを操る力の前に暴かれ、周防の解析も絶え間なく変化する遅延速度に追いつけない。
「……う、あ……動け、ない……っ」
ミオの肉体に、ネメシスの機械剣が突き立てられようとしたその時。脳内で三人の師匠たちが、かつてないほど強く共鳴した。
『……ミオ! 意地を張るな。俺たち一人の力じゃ、今のこいつには届かん!』
『……お嬢さん、三人の魔力パスを一本に束ねます。……脳と肉体が焼き切れるほどの負荷がかかりますが、覚悟はいいですね?』
『……ミオ。……俺たちを、お前の一部にしろ』
三人の師匠が、ミオの精神世界で初めて一つの円陣を組む。
「……うん。……私を、全部あげる。……だから、みんなで食べよう」
「――三位一体、発動!!」
ミオの体から溢れていた霊圧が、一瞬で消失した。いや、違う。
一滴の無駄もなく、彼女の細胞一つひとつに「三人の師匠」が完璧に融合したのだ。 シンクロ率、各十五パーセント。合計四十五パーセント。
ミオの瞳は右が黄金、左が漆黒、そして中心が知性を湛えた銀色に輝く。
「……お待たせ。……これが、私たちのフルコース」
ネメシスが再び時間を遅延させようとした瞬間、ミオの姿が消えた。
周防の解析で遅延の「波」を看破し、影縫の歩法でその隙間を潜り抜け、獅子王の剛腕で因果ごと粉砕する。
「――折原流・三位砕撃」
放たれた拳は、ネメシスの六本の機械腕を、そして彼が誇る「時間遅延」の術式そのものを、物理的に、魔術的に、概念的に、粉々に噛み砕いた。
「が、はっ……バカな……三つの魂を、一つの器で……同時に制御したというのか……っ!?」
崩れ落ちるネメシスの胸ぐらを、ミオは冷たく掴み上げた。
「……パパとママのところへ、行きなさい。……そこでは、何も食べられないけど」
ミオの最後の一撃が、ネメシスの核を貫く。消滅する直前、彼は狂気じみた笑みを浮かべて呟いた。
「……喜べ……アルカディア様が……。古井戸の向こうで……待っている……」
ネメシスが黒い霧となって霧散したのと同時に、本部の最深部――重厚な「神殿の門」がゆっくりと開き始めた。
そこから溢れ出すのは、東京を、いや日本全土を飲み込みかねない、禍々しくも神々しい圧倒的な霊素の奔流。
「……この先に、パパとママの、……そして師匠たちの仇がいるんだね」
ミオは震える足を叱咤し、開かれた地獄の門へと、一歩を踏み出した。




