第六十話:封印記録庫への潜入
中庭の古井戸から噴き出す、粘りつくような黒い霊素。
その余波で世田谷の夜空が不自然に歪む中、突如として現れた久我が、ミオの肩を強く掴んだ。
「……ぼんやりするな。扉が半壊した今、エリュシオンは必ず『鍵』を奪いに来る。その前に、お前の両親が何を背負っていたのか、その目で確かめるんだ」
久我が連れてきたのは、霞ヶ関の地下深く、探索者庁のさらに下層に位置する「封印記録庫」だった。
日本の国家機密のさらに奥、歴史から抹消された真実を閉じ込めた墓場。
本来ならSランク以上の権限が必要な場所だが、久我が壁に手を触れると、古代の術式と現代のデジタル認証が音もなく解除されていった。
「……パパとママの、本当の姿……」
無機質なLEDに照らされた保管庫で、ミオは一つの埃を被ったファイルを見つけた。
表紙には、見慣れた父と母の名前。そして**『折原夫妻・封印監視官記録』**という、およそ一般市民とはかけ離れた肩書きが記されていた。
そこには戦慄の事実が記されていた。 二十年前、結社エリュシオンは人類の強制進化を掲げ、異世界から霊素を引き出すための「門」を人為的に穿った。
その最初の実験場こそが、現在の世田谷にある折原家の敷地だったのだ。
『……お嬢さん、見てください。この術式構成……。門から溢れ出した不純物を処理するために、当時の政府は最強の探索者たちを送り込んだ。……それが、獅子王、影縫、そして私のパーティーだったのです』
周防の震える声が響く。ミオの脳内の師匠たちは、自分たちが死んだ理由が「事故」ではなく、エリュシオンによる人体実験の後始末に利用された末の口封じだったことを知る。
「……パパとママは、……それを止めるために……」
ファイルによれば、両親は国家直属の「封印監視官」として、命を削って門を封印し、その跡地に住み着いて監視を続けていた。
ミオという命を授かった後も、彼らは普通の親子を演じながら、文字通り「東京のど真ん中に埋まった爆弾」の上で生活し、ミオを守りながら封印を維持し続けていたのだ。
そして、両親の死の真相。それは交通事故ではなく、エリュシオンの刺客による暗殺だった。
彼らは死の直前、最後の力で封印を強化し、幼いミオの記憶を封じて守り抜いたのだ。
「……だから、幽霊が見えたんだ。……この家に、師匠たちが集まったのも……全部、この封印のせいで……」
『……俺が死んだあのダンジョンも、奴らの実験場だったわけだ』 獅子王が怒りに燃える。
『私が交渉していた魔力利権の裏でも、エリュシオンが暗躍していました。……許せません』
周防も静かな憤りを見せ、影縫が続けた。
『……俺が暗殺した「魔王級」も、奴らの失敗作だったというわけか。……反吐が出る』
ミオは涙を拭い、銀バッジを握りしめた。
「……師匠たちも、パパも、ママも……全部エリュシオンに殺された。……なら、私がやることは、一つだけ」
記録庫を出たミオたちの前に、モニターが突如起動し、エリュシオンの最高幹部・アルカディアが映像で接触してきた。
『初めまして、折原ミオ。……君も我々の「実験体」になる資格がある。君の家の井戸を、我々に返してもらおうか』
「……お断り。……あんたたち、全員……私が、食べちゃうから」




