第五十九話:襲撃・第一夜
深夜の静寂は、家の外壁を叩く無数の金属音によって塗り潰された。
庭を埋め尽くすのは、人間としての情動を剥ぎ取られたエリュシオンの改造探索者たち。
その中心で、クロガネが歪な笑みを浮かべて指揮を執る。
「突入しろ。……標的以外は、肉片すら残すな」
その号令と同時に、強化ガラスを突き破って数人の襲撃者がリビングへと躍り込んだ。だが、彼らが着地するよりも早く、凄まじい「圧」が部屋を満たす。
「……土足で上がるなんて。……お掃除、大変だよ」
ミオが静かに立ち上がった。その背後、黄金に輝く獅子王の幻影が、牙を剥いて咆哮する。
「……獅子王シンクロ、三十五パーセント。……三分で、片付けるね」
踏み込み一歩。ミオの拳が空気を叩くと、リビングの空気が爆ぜた。
『剛』の衝撃波が、突入してきた改造探索者たちの強化外骨格を内側から粉砕する。文字通り、触れることすら許さない圧倒的な暴力の顕現。
「廊下は通しません。……ここは、僕たちの通路だ」
一方、薄暗い廊下では一ノ瀬が魔導剣による「銀の包丁」と化していた。
影縫の歩法を混ぜた、音のない移動。すれ違いざまに放たれる精密切断が、襲撃者たちの武装を一瞬で無力化し、床に無数の火花を散らす。
「玄関、完全封鎖です! ルナ、絶対領域展開!」
玄関ではルナが巨大な盾を床に叩きつけ、黄金の半球状の結界を張っていた。外から浴びせられる銃弾も、魔力の奔流も、彼女の「衝撃透過」の前にすべては地面へと吸い込まれていく。
さらに、庭では応援に駆けつけたBランクの仲間たちが暴れ回っていた。
「がはは! これが『アイアン・シェフ』の鉄火場だ! 筋肉不足の改造人間ども、出汁にもならねえな!」
ボルグが大鍋を振り回し、重力魔法で敵を固定する九条院とのコンビネーションで次々と敵を肉塊に変えていく。
「あら、少しテンポが早いわね。……一拍遅らせて、死なせてあげるわ」
ヴィオラのバイオリンが死の旋律を奏で、クロウの短剣が影から敵の喉元を刈り取る。
しかし、クロガネは動じない。 「やはりな。……君が強くなればなるほど、井戸の封印は『呼応』する」
クロガネがミオに向かって、音を置き去りにする速度で肉薄した。その腕は機械仕掛けの大鎌へと変貌している。 「お前の親は『裏切り者』だ。組織の至宝であるあの井戸を持ち逃げし、無駄に封印し続けた臆病者だ。……返してもらおう、我らのものを!」
「……パパとママを、侮辱するな!」
ミオの怒りが頂点に達した。彼女は獅子王の力に、影縫の「因果断ち」を重ねる。 「……影縫シンクロ、三十パーセント。……見えない包丁で、おしまい」
シュン、と小さな風の音がした。 クロガネが気づいた時には、彼を支える四肢の人工腱が、すべて「実体」ごと断ち切られていた。
「なっ……!? 影縫の真髄……因果の切断か……っ!」
クロガネは血を吐きながら後退する。だが、その顔には敗北の色ではなく、狂信的な喜びが浮かんでいた。 「ククク……見てみろ。君の力が、ついに『扉』を叩いたぞ」
激闘の余波で中庭の古井戸の蓋が粉々に砕け散っていた。 井戸の底から、暗黒の霊素が柱となって天を突く。剥き出しになったのは、巨大な石造りの「扉」の一部。そこには、禍々しい古代文字でこう刻まれていた。
――『災厄の封印』。
『……おい。嘘だろ』 ミオの脳内で、獅子王が震える声を出した。
『……見覚えがあります。この紋様……。……私たちが死んだ、あの「根源の迷宮」の最下層にある大門と、全く同じです』
『……まさか、この家が。……この古井戸こそが、すべての地獄の「起点」だったというのですか』 周防の声も、かつてない驚愕に満ちている。
ミオは、底知れぬ闇を湛える井戸の底を見つめ、呆然と呟いた。
「……師匠たち……。これって、……どういうこと……?」
かつて師匠たちを殺し、世界を魔獣で満たした「災厄」の種火が、自分の足元で二十年間、静かに眠り続けていたのだ。




