第六話:『日常の亀裂と、唯一の熱』
翌朝。首席合格の興奮も冷めやらぬまま、ミオはいつも通り、死んだような顔で教室のドアを開けた。
だが、その瞬間に感じた空気は、昨日までとは明らかに違っていた。
「……あ、来た」
「マジかよ、本当に折原が?」
「試験センターの速報、見た? 合格者一覧のトップに、あいつの名前があったんだけど……」
ひそひそと交わされる囁き。
スマホの画面を交互に見るクラスメイトたち。
昨日まで、ただの「無気力な幽霊女子」として透明人間扱いされていたミオは、一夜にして学校中の注目の的になっていた。
『お嬢さん、背筋を。衆人環視は舞台と同じです。動揺は「弱み」に見えますよ』
脳内で周防がチェックを入れる。
(わかってるって……。あー、もう、本当にめんどくさい……)
ミオが自分の席に辿り着く前に、その「熱」を切り裂くようにして一人の少女が駆け寄ってきた。
「ミオ!! あんた、これ本当なの!?」
彼女の名前は、浅倉結衣。
ミオが心を殺して生きてきた日々の中で、唯一、強引に隣に居座り続けた「親友」だ。
陸上部のエース候補で、ミオとは正反対の太陽のような明るさを持っている。
「ゆい……声が大きい」
「大きいも小さいもないよ! 探索者試験の首席って……あの超難関を、あんたが!? だってあんた、体力テストのシャトルランだっていつも途中でサボってたじゃん!」
結衣がミオの肩を掴んで揺さぶる。
結衣だけは知っているのだ。
ミオが両親を亡くし、どれほど孤独で、どれほど「何も持っていない」状態だったかを。
だからこそ、その激変が信じられず、同時に心から心配していた。
「……ちょっと、事情があって。これからは、自分で稼がなきゃいけないから」
「稼ぐって……だからって、一番危険な仕事選ぶことないでしょ! 首席なんて目立ったら、変な大人に目をつけられるんだよ!? 知ってる!? 最近は新人を狙う悪い連中だっているんだから!」
結衣の瞳には、怒りよりも先に涙が浮かんでいた。
ミオの「空っぽ」な部分を知りながら、それでも彼女を見捨てずに、いつも余分に焼いたクッキーや、放課後のアイスに誘ってくれた。
(……ああ。そうだ。私、この子にだけは、心配かけたくなかったんだ)
獅子王や影縫に教わった技術は、人を殺すためのもの、あるいは化け物を狩るためのものだ。
結衣の住む「光の世界」とは、あまりにかけ離れている。
「大丈夫だよ、ゆい。……私、これでも結構強いから」
ミオは不器用に、結衣の頭を一度だけ撫でた。
獅子王たちとの特訓で硬くなった手のひらが、結衣の柔らかい髪に触れる。
『……おや、良い友人をお持ちですね』
周防が珍しく、皮肉ではなく温かみのある声を出す。
『ヘッ、あの嬢ちゃん。魔力はねえが、いい「胆力」をしてやがる。ミオ、あの女は守ってやれよ』
獅子王が腕を組んで頷く。
だが、その光景を苦々しく見つめる視線もあった。
教室の隅。
いつもミオを見下していた探索者志望の男子グループが、舌打ちをして立ち上がる。
「首席とか、何かの間違いだろ。あんな寝ぼけた女が……」
平穏な日常に、確実に亀裂が入り始めていた。
ミオが手に入れた「力」は、彼女を孤独から救う一方で、新しい嵐を呼び寄せようとしていた。




