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第五十六話:黒幕の接触


 静寂が、戦場だった森を支配する。


魔獣の死骸から昇る霊素の残滓が、青白い霧のように足元を漂っていた。その霧の向こう側から、一人の男が悠然と歩み寄る。


 黒いローブ。その奥に覗く、冷徹な機械仕掛けの眼。


男――クロガネが放つ威圧感は、先ほどまでの大型魔獣とは比較にならない。それは暴力ではなく、研ぎ澄まされた「殺意」の塊だった。


「……お前が、……これを操ってた人?探索者協会の人間だとは思わなかった」


 ミオの問いに、クロガネは低く、歪んだ笑い声を上げた。


「ククク、探索者協会も1枚岩ではないのでな。 我らエリュシオンの同胞も潜り込んでいる。……だが、我々の目的は君自身だ。折原ミオ……君の家の地下にある『井戸』。そろそろ、私たちに返してもらおうか」


「……井戸? ……なぜうちの井戸の話が出てくる。……お供えが必要な面倒なだけのものだと思ってた」


 ミオの困惑は本物だった。だが、クロガネの機械眼が怪しく赤く明滅する。


「知らないのも無理はない。君の両親は、あまりに優秀な『管理人』だったからな。だが、井戸は世界から隔離された『不純物』を貯蔵する、底なしの穴だ」


『……お嬢さん、警戒を。……こいつ、魔力回路が「人工的」です。……元Aランクの出力に、無理やりブースターを噛ませている。……不味い改造を施されていますね』  

周防の分析が、脳内に響く。


「今日は顔見せだ。君が『継承者』としてどれだけ熟したか、確認したかっただけさ。近いうちに、本格的に『回収』に行く。……逃げられると思うなよ」


 クロガネが指を鳴らすと、彼の周囲の空間がぐにゃりと歪んだ。


転送魔導具による離脱。ミオが踏み込もうとした瞬間には、既に男の気配は消えていた。


 夜明け前のキャンプ地。プロたちは満身創痍の体で、焚き火を囲んでいた。


「おい、ジャージ……。あいつら、エリュシオンって言ったな?」  


ボルグが、ひしゃげた肩当てを外しながら苦々しく吐き捨てる。


「国中のヤバい研究者や人格破綻者が集まった、秘密結社だ。目的は『新世界への再構築』だとか抜かしてやがるが……お前の家が狙われてるなら、ただ事じゃねえぞ」


「……折原。エリュシオンは、人体実験や魔獣兵器の製造で悪名高いわ。……何より、あいつらが目をつけたものは、必ず消える。……気をつけなさい」


ヴィオラが、珍しく同情を含んだ瞳でミオを見つめた。


「……影縫の継承者。……お前のルーツは、思った以上に深い闇に繋がっているようだな。……気をつけろ。……あいつらは、獲物を逃がさない」  

クロウは、短くそれだけを告げ、闇へと消えた。


 仲間たちが片付けをする中、ミオは一人、震える手を見つめていた。  


実家。平凡な両親。美味しいご飯を食べて、ただ普通に過ごしていたあの場所。そこに、自分の知らない「何か」がある。


『……ミオ。……お前の両親のこと、ちゃんと話す時が来たのかもな』  

脳内で獅子王が、かつてないほど重く、苦い声で告げた。


「……師匠、知ってるの? パパとママのこと」


『……すべてではない。だが、俺たちが死んだあの場所と、お前の家は……無関係ではないはずだ。……帰るぞ、ミオ。すべてを確認するために』


「……うん。……帰らなきゃ。……あの家を守らなきゃ」


 ミオは、腰の芋ジャージを強く締め直した。  スタンピードは鎮圧された。


だが、彼女の戦いは終わっていない。むしろ、本当の「絶望」というフルコースが、今まさに始まろうとしていた。


「一ノ瀬くん、ルナ。……ごめん。……一緒に行こう」


「「もちろんです、師匠!!」」


 三人は、朝焼けに染まり始めた森を後にし、ミオの実家へと急行した。

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