第四十八話:『判定不能の暴食(オーバー・イート)』
「警告:メンバー三名、リタイア。1-C組、残り三名」
無機質なアナウンスが響く中、観客席の鬼瓦教官は、手元のモニターを見て拳を震わせていた。
「……おかしい。今の衝撃、霊素計数はわずか10以下だ。なぜ致命傷判定が出る!?」
鬼瓦は即座に通信機を掴んだ。
「審判団、至急システムを点検しろ! Aクラスの奴ら、何か工作を……」
『教官! ダメです、制御室がロックされています! 外部からの介入を一切受け付けない、独立したハッキングプログラムが走っています!』
「チッ、あのガキども……! 試合を中止だ! 今すぐ強制介入して、迷宮のゲートを開けろ!」
教官たちが慌てて物理的な緊急停止ボタンへ走り出した、その時だった。
ダンジョン最深部。
Aクラスの拠点の影で、リーダー格の生徒がニヤついていた。
「ククク、終わりだ。あとはあのジャージの女に『石ころ』でも投げれば、システムが勝手に死体だと判定して――」
だが、彼の言葉は最後まで続かなかった。
目の前にいたはずのミオの姿が、かき消えるように消失したからだ。
「……ねぇ。……これ、全然、笑えないよ」
耳元で、冷たい声がした。
ミオの周囲の空気が、あまりの密度に「液体」のように歪んでいる。
『……周防さん、座標は?』
『……確定しました。彼らの懐、左側のポケットにある生徒会特製デバイスです。あれがシステムに偽信号を送っています』
「……わかった。……お掃除、するね」
ドンッ!!
大気が爆ぜるような音がした。だが、ミオは一歩も動いていないように見える。
あまりの「速さ」に、審判システムのハッキングプログラムすら、ミオが移動したという事実を「認識」できなかった。
「なっ……!? が、がはっ……!?」
Aクラスのリーダーのポケットが、目に見えない衝撃で爆発。中に入れていた不正デバイスが、粉々の木端微塵に粉砕された。
さらに、ミオの怒りに呼応した霊圧が、物理的な圧力となってAクラス全員を床に縫い付ける。
『警告:システム正常化。判定を再計算します……。1-C組に対する不正干渉を検知。Aクラスにペナルティを与え――』
機械の音声が喋り終わる前に、ミオは拳を握りしめた。
「……不正、ダメ。……おにぎり、一生懸命作ったのに……泥を塗るのも、ダメ」
ミオが地面を軽く踏み抜いた。
それだけで、迷宮の岩壁が波打ち、Aクラスが立て籠もっていた防壁魔法ごと、彼らを後方の壁まで一気に押し流した。
「ま、待て! 降参だ! 降参するから――!」
「……もう、遅いよ。……これ、デザート」
ミオの手から放たれたのは、黄金に輝く「デコピン」一発。
それが彼らの陣地に触れた瞬間、まばゆい光が迷宮全体を包み込み、審判システムがリタイア判定を出す間もなく、彼らの魔力回路を一時的に「過負荷」にして沈黙させた。
数分後。
鬼瓦教官がようやく物理的な斧で扉をぶち破って駆けつけた時には、すべてが終わっていた。
そこには、不正の証拠である壊れた機械の残骸と、白目を剥いて転がっているAクラスの面々。
そして、戻ってきたクラスメイトたちに囲まれ、「お腹空いた……」と力なく笑うミオの姿があった。
「……鬼瓦教官。……おにぎり、残ってるから……食べる?」
「……お前、試合を止めに行こうとした俺の立場ってやつをだな……」
教官は深いため息をついたが、その顔はどこか晴れやかだった。
不正という「泥」を力技で洗い流し、1-C組の「勝利」という一皿を完璧に守り抜いたミオ。
この日、学園の歴史に刻まれたのは、Aクラスの敗北ではなく、「ジャージの魔王」に喧嘩を売ってはいけないという、絶対の掟だった。




