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第五話:『祝宴と深淵の音』

試験の結果は、文句なしの「首席」合格だった。


あまりの圧倒的な実力に、試験官たちは彼女を特例で上のランクに据えるべきではないかと色めき立ったが、最終的な裁定は覆らなかった。


「……折原ミオさん。貴女がどれほどの技術を持っていても、規約は規約です。探索者は全員、Fランクからのスタートとなります。不服はありますか?」


「……別に。カードさえ貰えれば、何でもいいです」


ミオは、交付されたばかりのプラスチック製カード――念願の『探索者ライセンス』を受け取ると、脱兎のごとく会場を後にした。


どれほど首席で注目されようと、現場での「実績」がなければランクは上がらない。


それがこの世界のルールだ。


「……やっと、これで飯が食える」


 帰路、ミオはスーパーに立ち寄った。


ライセンス取得時の「活動準備金」として即日振り込まれた数万円が、彼女の懐を温めている。


これまでは特売の見切り品すら満足に買えなかったが、今日は違う。


「お嬢さん、まずはタンパク質と質の良い脂質です。それから、我々への『供物』も忘れずに」  


脳内で周防が注文をつける。


 結局、ミオが買い込んだのは、最高級の和牛ステーキ肉、瑞々しい果物。


そして、師匠たちが指定した「質の良い高級線香」と、度数の高いヴィンテージの赤ワインだった。


「……ふぅ。生きてるって感じする」


龍脈の終着点、折原家のリビング。  


ミオは、獅子王から教わった「霊素を纏わせた火」で豪快に焼き上げたステーキを頬張っていた。


肉汁が口の中に広がり、酷使した筋肉に栄養が染み渡っていく。  


テーブルの上には、三つの影が「実体化」して座っていた。


「がはは! やっぱり肉は厚切りに限るな! ミオ、よくやった。首席だろうがFランクスタートだろうが関係ねえ。現場で暴れて、実力で黙らせてやりゃいいんだ!」  


獅子王が、実体のない手でワインを煽るふりをする。


「……合格は当然だ。だが、試験中に一度、重心が右に寄った。明日はその矯正修行を追加する」


影縫は相変わらず厳しいが、その目はどこか満足げに細められている。


「首席合格という実績は、今後の交渉において強力な『カード』になります。よく耐えましたね、ミオ」  


周防が、高級線香の煙を愛おしそうに眺めながら、静かに祝福の言葉を贈った。


 幽霊。師匠。そして、腐れ縁。  


この世の誰からも孤立していた少女は、この夜、世界で一番騒がしくて贅沢な食卓を囲んでいた。


「……あ。そうだ、これ」  


ミオは、残った一切れの肉と、少しの赤ワインを銀のトレイに載せた。  


両親がかつて、義務のように繰り返していたルーティン。


「お嬢さん、それは……」  


周防の瞳が、スッと鋭くなる。


「儀式、でしょ。一応、やっておかないと。ここ、龍脈の出口なんだから」


 ミオはトレイを持って、夜の闇に沈む庭へと出た。  


庭の隅、あの重い石蓋で閉じられた『古井戸』の前で立ち止まる。  


ここは龍脈の終着点。


全国のダンジョンから流れてくる強大すぎるエネルギーが、地上へと漏れ出す「排気口」だ。


放っておけばこの家は吹き飛ぶ。だからこそ、こうして「供物」を捧げて鎮める必要があるのだ。


ミオがトレイを置くと、それまで無風だった庭に、不気味な「ひゅうぅ……」という低い音が響いた。


石蓋の隙間から、黒い泥のような霊素が這い寄り、肉を包み込む。


一瞬で「色」が奪われ、肉は枯れ果てた炭の塊へと変わった。

(……龍脈の底に、何かがいる)


試験に合格し、どんなに強くなっても、この井戸の底にある「深淵」だけは正体が知れない。  


ズズッ、と。  


石蓋が内側から押し上げられたように、さらに数ミリ、ズレた。


「……寝よ」


 ミオは井戸から目を逸らし、家の中へ戻った。


背後の闇の中で、千人の溜息が重なったような声が、ミオの名前を呼んだ気がした。


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