第四十二話:『地下迷宮の“珍味”』
学園の地下には、実戦訓練用に捕獲された魔獣が蠢く「演習用迷宮」がある。
普段は厳重に管理されているが、その日、老朽化した封印術式を突き破り、一種の魔獣が脱走した。
「緊急事態! 訓練場地下エリアに『影這いの大海老』が出現! ランクはC上位、物理無効の特性持ちだ! 生徒は直ちに退避せよ!」
非常警報が鳴り響く中、避難する生徒たちの流れに逆らって、三人の影が地下へと突き進んでいた。
「……一ノ瀬くん。……聞いた? 『身が詰まっていて、甘い』って」
「……ああ。聞いたよ師匠。正確には『物理無効で厄介』と言っていた気がするが……」
「なんでもいいです! 師匠、お腹と背中がくっつきそうです!」
修行を経て、二人の感覚は完全にミオに汚染……もとい、感化されていた。
地下三階、闇に包まれた通路。
カサカサと不気味な音が響き、天井から巨大な、そして半透明の影を纏った大海老が姿を現した。
「ギィィィィィッ!!」
Cランク上位。
ただのCランクではない。物理攻撃を透過させ、相手の精神を蝕む影を飛ばしてく
る、探索者泣かせの「嫌な」魔獣だ。
『お嬢さん、あれは霊素の密度をずらして物理を回避しています。……周防さんの「解析」によると、関節の継ぎ目だけが唯一の弱点ですね』
ミオの耳にだけ、守護霊たちの声が届く。
「……ルナ。……あれ、真っ直ぐ来るよ。……卵、割らないでね」
「はいっ! ……『不動』!」
ルナが前に出る。彼女は魔力を外に出さず、肉体の表面数ミリに「凝縮」させた。
大海老の突進。
数トンの衝撃がルナを襲うが、彼女は一歩も引かない。それどころか、海老の方が鉄板にぶつかったかのように弾かれた。
「……今だ、一ノ瀬くん。……右から三番目の、殻の隙間。……一ミリの狂いもなく、突いて」
「承知……! 師匠の言う通り、そこだけ『風』が通っている……!」
一ノ瀬はミオから教わった「気配の研磨」を極限まで高めた。
物理が無効なら、魔力を極細の糸のようにして、隙間から「内側」へ流し込む。
「――閃光ッ!」
一ノ瀬の刺突が、海老の関節に吸い込まれた。
内側から魔力を叩き込まれた大海老は、たまらずその巨体をのけぞらせ、実体化した。
「……トドメ。……お肉、傷つけないように……優しく」
ミオがふわりと宙を舞う。
彼女は獅子王から教わった「剛」ではなく、影縫から教わった「静」の動きで、海老の頭上へ。
トン、と。
指先で海老の脳天を突いた瞬間、黄金の波紋が全身を駆け巡り、魔獣の神経系だけを完璧に焼き切った。
「……よし。……確保」
一分の隙もない、完璧な連携。
Cランク上位の難敵を、三人は傷一つ負わず、それどころか「食材を最高の状態でキープ」して仕留めたのだ。
数分後。
駆けつけた教官たちが目にしたのは、無惨にも解体され、一ノ瀬の魔剣で器用に串焼きにされている大海老の姿と、それを幸せそうに頬張る三人の姿だった。
「……あ。教官。……これ、伊勢海老の味がして、美味しいですよ?」
「……お前ら、Cランク上位を相手に何をやっているんだ……」
教官の呆れ声。だが、その瞳は驚愕に揺れていた。
一人は「無能」と呼ばれた少女。一人は「挫折」した天才。
その二人が、ジャージの少女の隣で、たった一週間で「本物の探索者」の動きを身につけていたのだ。
この日を境に、学園内の掲示板には新たなワードが躍ることになる。
――【特報】黄金の食卓、地下迷宮を「冷蔵庫」扱いか?




